おかあさん

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 父さんが亡くなってしばらくしたある日、翔太が昼寝をしているのを横目に女はベランダでタバコを吸っていた。これまた女の方針とやらで翔太は幼稚園にも保育園にも行っていない。女は仕事を探すでもなく相変わらずぶらぶらしていた。私がキッチンに飲み物を取りに行くと嫌そうな目でこちらを見て「ちゃんと部屋で勉強しときな」と言い捨てる。奴は私がリビングでくつろぐのをとても嫌がった。なるべく私の顔を見たくないようだ。父さんが亡くなってからはその感情を隠そうともしない。  私は無言で頷き自室に戻る。「可愛げのない娘だよ」と女が吐き捨てるように言うのが聞こえた。そのくせあの女は自分のことを“お母さん”と呼ぶように強要する。私にとっての母さんは亡くなった母さんだけ。渋々あの女を母さんと呼ぶ時も心の中では“継母”の文字を思い浮かべていた。  “お継母さん”はベランダで電話をし始めた。私の勉強部屋からもキンキン声がよく聞こえる。特に聞くつもりもなかったのだが自然と耳に入ってきた。 「ああ、ちょろいちょろい。ばれてないって。血液型一緒でマジ助かったわ」  ドキリとする。ばれてないって何のことだろう。思わず耳をそばだてた。 「あんたんとこもようやく離婚に同意してくれたんでしょ? こっちも翔太がだいぶ手ぇかからなくなったし、丁度いいよね。うん、そうなのよ。適当にDVだなんだでっちあげて離婚してやろうって思ってたけどアッサリ逝ってくれてラッキーって感じ。普段から塩分濃いもんばっか食べさせてた甲斐があったってなもんさ。あはは。連れ子? あれはもう出てくから大丈夫」  私は呆然とした。飛び出していき女を責め立てたい、そんな衝動にかられたが我慢してもうしばらく話を聞くことにする。手が汗ばんでペンを握ることもできなかった。 「うん、これでようやく島津理沙、島津翔太になれるよ。長かったわぁ。あはは。あ、やばいタバコ切れちゃった。コンビニ行ってくる」  女の声が遠ざかる。どうやら翔太を放置して買い物に出かけたらしかった。
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