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 ハンスの後頭部が眼の前にある。僕は迷わず彼を羽交い絞めにして、笛を持っている腕を押さえつけた。 「ハンス君、何をしているんだい」  夜中の教室で好きな女の子の縦笛を舐めようとしていたら、いきなり背後から誰かに羽交い絞めにされたのだ。驚かない方がおかしいだろう。ハンスは踏みつぶされたカエルみたいな声を出した。 「その声はバカ王子か。おまえこそ何してんだよ」 「びっくりしたよ。たまたま忘れ物を取りに来たら、君が誰かの机から縦笛を取り出して吹こうとしているように見えたからさあ」 「偶然ってあるもんなんだな。俺も忘れ物を取りに来たんだよ。そしたらなんか急に頭の中にキャッチ―なメロディーが浮かんできてさ。確認したくて笛を吹こうと思ったんだよね」 「よくある事だよね。でもここって君の席じゃないよね」 「あれ? 暗いから間違えたかなあ」 「そうなんじゃないかと思ってさ。慌てて止めたんだよ。もしものことがあったら取り返しのつかないことになるしさ」 「サンキュー。まあ、よくある間違いだよな」 「うん。笑い話としてよくあるネタの一つだよね」 「ところで今までの俺たちってさ、ちょっとした誤解みたいなのがあったと思うんだよね。でもこれからは親友として、一緒にクラスを盛り上げていければいいなって」 「まったく同感だよ」  僕も人でなしではない。カエルだったことはあるが、人情は失っていないつもりだ。  我々は今までのことを謝り合った。友情という名の忘れ物も見つけている。僕たち二人のメロディーが今から始まるのだ。  清々しい気分で帰ろうとした時、背後からいきなり誰かに襲われた。僕がハンスを拘束していた腕を解かれて、今度はこっちが羽交い絞めにされてしまう。今度こそ不審者が出たかと思ったら、聞き覚えのある声が言った。 「ハンスか。こんな時間に何してるんだ」 「あ、先生。ちょっと忘れ物を取りに来たんです」 「それなら私に直接言えばいいじゃないか。泥棒じゃあるまいし」 「ごめんなさい」  そう謝っているハンスの眼が、なぜか大きく見開かれている。どうやら僕の姿を見て驚いているらしく、全身を舐めまわすように眺めているのだ。ティナの縦笛じゃあるまいし、気持ち悪いやつである。そういう趣味でもあるのだろうか。もう人間に戻っているのだから、何も珍しい恰好などしていないはずである。先生がハンスに聞いた。 「この裸の子供はいったい誰なんだ」  と言いながら、僕の顔を覗き込んだ。
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