星辰航路

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挙げた右手で右頬を包む彼女の左手を握り、逆の手で口元を(おお)うマスクを外す。残り少ない空気など捨てて、目の前へ持って来た真珠色の手の甲へと口づけた。 敬愛と感謝、そして恋慕う気持ちを込めて。 貴女の唇に触れるには、余りにも(おそ)れ多いから。 僕の様な存在が触れる事さえ、本当は回避すべきだと感じるから。 薄い唇が開かれ何事かを紡ぎ出すけれど、人の耳には捉え切れない高音域で発せられる声は届いて来ない。 こんなにも近くに居て、こんなにも貴女の声を聞きたいと望んでも。 遥か眼下には燃え尽きた宇宙船。 最期の時を地球に、故郷の大地にほんの僅かでも近付いて迎えたいと、僕は無意識に願ったのか。残された有限の時を削ぎ取り、苦労して今ここに居る。 目に付いた最も手近な山の頂きに。 繰り返された計算とシミュレーションの結果。奇跡の如き旅路の果てに、新天地に辿り着いた船は無残に焼けていた。遠い時空の(へだ)たりが拒絶する数々の事実を飲み込んだ上で、故郷に帰る選択は必要ないと新たな航路へ挑んだ開拓者達の(しかばね)が周囲に散らばる。 理想的な生命居住可能区域に有る他惑星への大規模な移民は、家族との永遠の別れさえ意味し、同時に誰も踏み締めていない秘境への冒険を夢見る者達の期待と希望に満ちていたのに。
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