1日目前半

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「そうだよ。こんなに話したのは今日が初めて」  僕が落ち着きを失ったし島田さんの代わりに答えると、雫は意味深に「ふーん」と呟いて、島田さんの顔をじっと見つめた後。不服そうに頬を膨らませ、あからさまに不機嫌そうな顔を見せる。 「ごめんね、翔君。私ちょっと用事思い出したからここで帰るね。海ちゃんもバイバイ」 「え、ちょっと待てよ」  僕の静止の声も聴かないまま、雫は歩くペースを上げて一人だけ進んでいってしまい、みるみる内にその姿は見えなくなってしまう。  嵐の様に去っていった雫の姿に、取り残された僕達は唖然として立ち止まってしまう。 「柊さん。行っちゃったね……」  呆けている僕の意識を戻そうしたのか、先程よりも近くから島田さんの声が耳に入ってきて、僕は咄嗟に声の方に顔を向ける。  すると、思ったより島田さんは近くにいたようで、もう顔のすぐそばと言う状態になってしまい、僕は慌てて一歩下がる。 「か、帰ろっか……」 「そ、そうだね……」  僕が恥ずかしさで緊張しているのが伝わったのか、島田さんは俯いてしまうが、彼女は決して、近づいたこの数センチの距離を元に戻そうとはしなかった。  そんな数センチの間が温かくて、こそばゆい春風が吹き抜けるから、話をすることも出来ずに、この表現し難い気持ちを胸に残して僕達はまた歩き始めた 「あれ?私、柊さんに名前教えたかな?」  島田さんはそう呟いていたけれど、僕はそんなことを気にしていられる程、心にゆとりが無くて、その言葉に返事をすることが出来なかった。
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