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「あの、その……お弁当でも食べない?」
僕の弱点を知っているかのような雫の目線に、僕は弱弱しく目線を泳がしながら精一杯のおちゃらけた声でそんな提案をする。
「はぁ……」
「そんな、ため息なんて」
僕が言いかけたその言葉は、頭が痛そうに自分の額に手を当てた雫のギロリとした目線を前に、途切れる他無かった。
雫は呆れた様にもう一度大きくため息をつくと、僕の手を引っ張ってお弁当コーナーを出て行った。
雫はそれ以降も無言なまま、右手で僕の手を握りしめて左手で僕の持っていた買い物かごの中に、野菜やお肉を次々と入れていく。
「あの、これはいったい」
「今日の夜ご飯の材料ですけど」
僕が恐る恐る言った言葉に、雫はこちらに目配せをする事もなく何でもないように無機質な声で答える。
「雫ってご飯作れるのか!」
僕がこの冷たい空気を変えるべくあからさまに大きく反応をすると、雫は急にピタリと立ち止まってしまう。
彼女のその様子に僕はチャンスだと思い、畳みかけるようにして矢継ぎ早に言葉を繋ぐ。
「流石は俺の娘だなー。これは自慢だなー」
僕の安易なお世辞を聞くと雫はバッと僕の方に振返って、握っていた手に非力ながらも先ほどより強く力を込めてくる。
「ばか!」
そう罵ってきた雫の顔は頬が少し緩んでいて、だが目線は鋭いまま僕の顔を睨みつけていた。
雫はそんな状態だというのに、僕はそれが楽しくなってしまい、声を出して笑ってしまう。
「も~~~っ!」
そんな風に不満の声を垂らしながらも楽しそうにしてくれる雫のお陰で、僕はなぜだかこの時間が愛しく思えてしまった。
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