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「おはよう。翔君……」
その足音の方へ目をやると、ひどい寝癖をつけた雫が、目を擦りながら気の抜けた声で僕に話しかけてくる。
「おう、おはよ」
僕は雫の顔を見て挨拶を返すが、よく考えると、この家で『おはよう』なんて言ったのはいつ以来だろう。
そんなことを考えてしまい、少しうれしくなってスマホに視線を戻すと、時間は『8:12』と表示されていた。
スマホを見ていると、雫はいつの間にか近くまで来ていたようで、何を言うでもなく此処が特等席かと言わんばかりに、僕の横にちょこんと座る。
「よし、朝ご飯でも作るか」
雫が起きてくるのを待っていた僕は、スマホを机の上に置くと、わざとらしくそう口に出して雫の方に目線を送る。
すると張り切っている僕とは違い、起き抜けの雫は、何も言わずに僕の顔をボケっと見つめ返してくる。
いつもの僕なら、雫がしっかりと目が覚めるまで待つところだが、早くに目が覚めたお陰で空腹な僕は、それを待つことすらできずにソファから立ち上がる。
「行ってらっしゃい」
雫は少し目が覚めてきたのか、僕の顔を見上げてそう言う。
その雫の声に、僕は冷静さを取り戻して立ち止まり、雫の顔を見て一つ頼みごとをする。
「その、なんだ。僕だけじゃ上手に出来そうに無いから、手伝ってくれるか?」
数秒の空白の時間の後、雫は僕の言葉をやっと理解したのか、さっきまでの寝起きの顔とは違い、目を輝かせて勢いよく立ち上がると元気よく言葉を紡ぐ。
「うん、うん! 手伝う! 手伝うよ」
よほど嬉しかったのか、雫は僕の手を取って勢いよくブンブンと振り回す。こんな反応をされたら、僕まで嬉しくなってしまう。
「おう。なら用意してくるから、その間に顔洗ってきな」
「はーい」
僕の照れ隠しの言葉に、雫は楽しそうに返事をすると速足で洗面台へと向かってく。その後ろ姿がどうしようもなく子供の様に見えて、少し愛らしいと思ってしまった。
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