1日目前半

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『柊 雫』  黒板につたない字でそう書いた彼女は、今度は黒板に背を向けて初めて声を発する。 「柊雫です。よろしくお願いします」  柊さんはうつむいたまま、鈴の音のような凛とした声で挨拶をする。だが、柊さんの言葉にはまるで誰も反応することが出来ずに、みんなは彼女の方をじっと見つめ続ける。  そんな静まり返った教室の異様な空気を見かねてか、先生は頭を掻きながら、本来の目的であるホームルームに移行しようと声を出す。 「そうだな。柊」  僕は急に聞こえてきた先生の何気ない言葉に、ピクリと体を動かして反応してしまう。  その仕草に気が付いたのか、先生は教壇の上でニヤリと笑みを浮かべると、僕の方を指差しながら言葉を繋げる。 「それじゃ、あいつの席の前に座ってくれ」  柊さんにそう伝えると、先生は僕に、教室の後ろにあった明らかに不自然に置かれていた机を使うようにと、身振りだけで僕に指示を出す。 「……あっ」  僕が先生の指示に従って、渋々自分の席から立ち上がって机を取りに行こうとすると、その瞬間。下を向きっ放しだった柊さんの口から小さく声が漏れる。  静まり返った教室の中でも聞こえてきた、その零れ落ちた声を不思議に思い、僕は足を止めて柊さんの方へと視線を送る。  そこには柊さんが僕のことを見つめながら驚いた様子で、口元を手で覆いかぶして自分の口を塞いでいる姿があった。  そして、彼女は直ぐに僕の横の席に座っていた島田さんの方へ視線を動かすと、彼女はそのまま茫然と立ち尽くしてしまう。  柊さんのその表情や声の正体が何かは分からなかったが、埒が明かないこの状況を終わらせるために、僕は先生の指示通りに転校生の席を用意し始めた。
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