4日目後半

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「そんなすごい人間じゃないよ……僕は」  僕が吐き出す様に小さな声で呟いたその言葉は雫にも聞こえてしまった様で、先程までの嬉しそうな表情からは想像が出来ない程辛そうな顔になって、彼女の周りの空気がスッと冷えていくのを感じる。  無意識のうちに溢れ出た自分の発言に気が付いて、僕は咄嗟に右手で口を塞いで雫の顔を見る。  するとそこには、いつにもまして小さく、それでも僕に向かって確かな怒りの視線の送ってくる雫の姿があった。 「なんで、どうして、翔君がそれを言うの!」  怒りに身を任せる様に体を小刻みに震わせて、今にも泣きだしそうな顔で声を荒げる雫の姿に、また僕は何も言えないで、僕の言葉の代わりに強く吹いた風が大きな音を立てて、言葉の無い僕を責め立ててくる。 「……翔君のバカ!」  雫は僕の顔をしっかりと見て怒鳴ると、潤んだ目をしたまま勢いよく僕に背中を向けて、そのままどこかに向かって走って行ってしまう。  僕は雫を止めようと手を伸ばすが、走り去る彼女の背中にかける言葉が見つからなくて、ただ呼び止める事すら出来なかった。  雫の後ろ姿が見えなくなっても、僕の目には雫の泣きそうな瞳が鮮明に焼き付いて離れなかった。 「……どうしろってんだよ」  どんなに考えても答えを出せないでいる僕は、空を切った手を勢いよく振り下ろすと、力ない足取りで家に向かって歩き始める。  僕達がどれだけ長い間一緒に居たところで、時間にしてしまうとたったの四日だという事を強く実感させられる。何より、その程度の時間で雫の事を分かったつもりになっていた自分が、馬鹿馬鹿しくなる。  僕の頭に過る雫との思い出は、そのどれもが眩しくて、雫のあんな顔すら知らなかった自分に嫌気がさす。 「何が親だよ」  僕は目に溜まった水を零さないように、歪んだ空を見上げながらゆっくりと足を進めていった
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