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「う、うーん。特には無いな」
「……そっか」
雫は僕のその答えに何とも言えない顔をすると、僕から視線を逸らして下を向く。
「そう言う雫は何かあるのか?」
僕が何も気にせずそう質問をすると、雫も僕の気持ちを察したのか、今度は空を見上げて考えながら言葉を捻りだす。
「うーん。お父さんみたいになりたいかな」
「俺みたいに?」
「うん、凄いんだよ。お父さんは」
「何も凄い事なんて、無いんだがな」
僕が咄嗟に否定の言葉を出すと、雫はキリッとした目で僕の顔を睨みつける。
「うっ……すまん」
彼女のその態度に僕が直ぐ謝ると、雫はやれやれと言いたげに一息ついてから話を戻す。
「お父さんはこれから凄い事をするんだよ。そしてそれが私の自慢だったの」
雫のその曖昧な言葉を聞いても僕にはやはり実感が得られず、どこか他人事の様に思えてしまう。
「だけど、僕は成績も悪いし、運動が得意な訳でも無い只の高校生だぞ?」
「それに、逃げ癖もあるね」
僕が自分を卑下して帳尻を合わせようとすると、雫はそこに容赦なく上乗せをしてくるが、僕に落ち込む隙すら与える事なく直ぐに言葉を繋げる。
「だから、翔君はこれから、誰よりも努力してそれをするんだと思う」
「……」
「だからこそ、今はもっとお父さんを尊敬してるんだよ」
「……そっか」
雫の期待と尊敬の言葉はしっかりと僕に刺さって、彼女の中の僕は、変わろうと努力をして変われた人間なのだと、その期待が僕にも夢を見させてくる。
「うん。だから、ううん何でもない」
「おう、それはお父さんに伝えてやってくれ」
「うん。絶対伝えるね」
綺麗な夕日を背にして雫は笑顔で頷く。ただそれは、終わりがあるという事を明確に示していた。
「……そろそろ帰るか」
僕がコーヒーを飲み切ってそう言うと、雫は僕の手をギュッと握る。
その真意は僕には見当もつかないが、今はただ冷たい手を握り返す。
「うん。かえる」
僕達は曖昧な言葉で伝え合うと、まっすぐ家に向かって歩き出した。
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