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「カタセさんとか言ったかしら?あなた準備もいいし、やけに落ち着いているわね。まさかこんな目に遭うのは初めてじゃないとか?」
「そんなわけないですよ。ただ、母がとても心配性なんです。だから小さい頃から口すっぱく言われてました。身の回りには常に気を配りなさい。危ないものには近寄らないこと。準備は万全に。ってな具合です」
「なるほど。だからその笛も持っていたってわけね」
「ええ。一応非常食もあるんですけど、よかったらお分けしましょうか?」
「そんなものまで?でも、こう真っ暗じゃなにも見えないし、そもそも私は身動きが取れないのよ」
「だいじょうぶですよ。声の響き方からすると僕とコンドウさんの距離は手の届く範囲です。幸い僕の右手だけは動きますから、食べさせてあげることもできますが、どうしましょう?」
どうしましょうと言われても、こんな目隠し状態で赤の他人からものを食べさせてもらう気にはなれない。でもこのまま助けが来ず、のっぴきならない状況に追い込まれたらそんなことを言っていられないかもしれないのだから、無下に断るのは避けたほうが良いだろう。
「ありがとう。でも今はまだ大丈夫よ」
「そうですか。もしお腹が減ったらいつでも言ってくださいね」
「わかったわ。ところで、今右手が動くと言ったけど、携帯は?電話はかけてみたの?」
「残念ながら繋がらないんです。もしかしたら壊れたのかもしれません」
「だったら他の人はどうかしら。車内には他に乗客や乗務員がいたはずよね。この惨状は外部に伝わっているのかしら?」
「さあ。それはわりません。でも先ほどからここ以外の物音は聞こえませんし、もしかしたら生きているのは僕らだけって可能性もありますね。気を失っているのでなければ」
「そうなると、助けなんて本当に来るのかしら?」
「来るはずです。今頃はきっと災害救助に自衛隊も動き始めていますよ」
そうだといいのだけど。これほど大きな地震が起きたと言うことは各地で被害が出ているはずだ。そうなるとより規模の大きいほうに支援が向けられるのではないだろうか。こんな田舎のローカル線で、客もまばらな二両編成の電車が埋もれたことなど忘れられてやしないだろうか……。
しばらく沈黙が流れた。カタセがどこかに行ってしまったのではないかと不安になる。
「ねえ。いるの?」
「いますよ。お腹が空きましたか?」
「違うわよ。ちょっと心配になっただけよ」
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