空気

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 しばらく無言で考えるうちに気がついた。なんだか息苦しい。口論したせいかと思うものの、どうやら違うようだ。 「ねえ。なんだか苦しくない?」 「僕としたことが、失念していました」 「どういうこと?」 「生き埋めになったことで、完全に外気と遮断されたかもしれないということに」 「ってことは、酸素が?」 「恐らく」 「どうするの?」 「できるだけ呼吸を浅く少なくするしかないかと」  そんなことできるわけがない。ただでさえこの異常な状況で心拍数は上がっているのだ。でもそうしなければ死んでしまう。言われたとおりなるだけ酸素を消費しないようにするつもりが、逆にパニックになって呼吸が速くなってしまう。  だがそれも長くは続かなかった。すぐに私の意識は混濁し、眠るように落ちてしまったのだから。  気がつくとベッドに寝かされていた。どうやら助かったようだ。  医師の話によると、幸いなことに大きな怪我はなく、低酸素による障害もないとのこと。念のために一晩入院するだけで済むそうだ。  こうして無事明るい世界に戻ってこられたのは、すべてカタセヒロキのおかげだ。私が気を失ったあとも、彼はずっと笛を吹き続けていたようで、その音が決めてとなり私たちの位置が特定されたという。それよりもなによりも、彼の助言がなければ私は生き埋めになっていたかもしれないし、彼がいなければ暗闇の恐怖に押しつぶされて発狂していたかもしれないのだ。もしかすると彼は、生き埋めになっていることを少しでも忘れさせるために、あえて議論するように突っかかってきたのかもしれない。  そう言えば、彼はどなったのだろう?  確かめずにはいられなくなり、ベッドから抜け出した。ナースステーションで訊ねると、彼もまたここに入院していると言う。  教えられた病室に向かうと、ドアが開けっ放しになっていた。  戸口から中の様子を伺う。一人部屋のベッドの上で、青年は上半身を起こした状態で座っていた。どこを見るでもなく、ぼんやりと虚空を眺めている。  その顔を見た瞬間、私は激しい自責の念に駆られた。  知らなかったとはいえ、私はなんてひどいことを言ってしまったのだ。  彼には見覚えがあった。彼は、私があの電車に乗ろうと駅で待っていたとき、白い杖で足元を探りながらホームを歩いていたではないか。
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