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『Phase 0』
出先での仕事を終え、真瀬 彰洋は自社の傍まで戻って来る。
所詮二代目の、三十過ぎの若造と見られようが、仮にも社長として社員の生活を背負っている立場だ。
舐められても侮られても、内心の憤りをぐっと抑えて表向きは平然とした顔をしなければならない時も多かった。
必要なら頭を下げるのも厭わないが、だからと言ってただ遜ればいいというわけでもないのが難しい。
朝から神経を擦り減らした案件がようやく片付いて、とりあえず腹ごしらえだけ済ませようかとちょうど目についたカフェに入った。もう二時近いがランチタイムは終わっていないようで、店の前に案内が出ていたからだ。
「いっ、いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
見るからに慣れない様子の若い女性店員に、ガラガラの店内中ほどのテーブルに案内される。
真っ直ぐ顔を見ることもしない伏し目がちで、そもそも接客業には向いていないのではないか。しかし、そんな風に感じたのもほんの一瞬だった。
「ご注文がおき、お決ま――、あ!」
口上を告げるのに精一杯なのか、手元まで注意が行き届かなかったらしく、テーブルに置かれたばかりの冷水の入ったグラスが勢いよく倒れた。
「うわ!」
咄嗟に避けて我が身に掛かるのは免れたが、間抜けな声を上げてしまった。
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