12人が本棚に入れています
本棚に追加
聞き覚えのない声、名前だった。反射的に通話を切ろうとしたわたしを見透かしたように、端末から慌て声が返ってくる。
「切るのは待ってくれ、いたずらじゃないんだ。僕は少し人と話したいだけなんだよ。〈星の旅人〉以外の人間と」
わたしはおそるおそる、端末に顔を寄せて口を開いた。
「あー、こちら、【赤い部屋】のメルニカ。あなたは誰ですか? 〈星の旅人〉というのは何ですか?」
すぐに応答があった。弾む口調で、
「メルニカ! 君の名前はメルニカというんだね! 僕はシェン・カナイという。十八歳の人間だ。性別は男。趣味は工作。好きな食べ物は宇宙エビの素揚げ。〈星の旅人〉というのは、ドマイナー宗教コロニーだよ」
「え? は?」
相手の言うことが何一つ理解できず戸惑う。わたしは根本的なところを問うことにした。
「カナイさんは、どうしてわたしのところに連絡してきたんですか?」
「シェンと気軽に呼んでくれ! 実はメルニカを狙って連絡したんじゃないんだ。〈星の旅人〉では、外部の人間と連絡を取ることは禁止されている。でもそんなのつまらないだろう? だから監視システムが停止する宇宙嵐のときを狙って、ランダムに端末から発信していたんだ。それで今回! 初めて! 繋がったというわけだよ!!」
「そ、そうですか」
端末をビリビリと震わせる熱量に、わたしは顔を遠ざけた。シェンはうきうきと話を続ける。
「まあ僕のことはどうでもいい。メルニカのことを聞かせてくれ。【赤い部屋】というのはなんだい? 君の趣味は? 好きな食べ物は? 君の住んでいる場所はどんなところ? どんな風景があって歴史があって人々が住んでいるんだい?」
「……【赤い部屋】は、L–30居住コロニーの娼館スペースのことで、趣味も……好きな食べ物も、特にないです。他のこともよく分かりません」
【赤い部屋】を説明するとき、わずかに声が裏返った。これでシェンの反応が少しでもいやらしいものであれば、すぐに通話を切るつもりだった。
が、返ってきたのは、驚きにひっくり返った叫び声だった。
「L–30居住コロニー!? なんてこった、僕はツイてる! 次の休息地じゃないか」
「は? 休息地? 何ですか?」
「おっと、もうすぐ宇宙嵐がやむ。もし良ければ、次の宇宙嵐のときにL–30居住コロニーについて詳しく教えてくれると嬉しい。通信終了」
「ちょっと待って……!」
わたしの引き留めもむなしく、ぶつりと通信は途切れてしまった。
「一体なんだったの……」
幕が上がるように、窓からオーロラが消えていく。わたしは端末に目を落としたまま、ぽかんと口を開けていた。
最初のコメントを投稿しよう!