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〈星の旅人〉というのは、一千年の公転周期の軌道に乗って宇宙船で旅をする宗教集団のことらしい。星間ワープも利用せず、愚直に公転軌道を一周できたら、真理が見つかるのだそうだ。基本的には宇宙船から降りることはなく、船の中で修行をしながら一生を終える。
とはいえ、宇宙船は劣化するし、燃料や食料のリサイクルにも限界がある。そこで十五年から二十年に一度ほど、軌道が交わる他の星やコロニーに降り立つ。それを休息というのだそうだ。
端末で検索した結果に、わたしは頷いた。つまり、シェンはL–30居住コロニーに訪れるのだろう。それで情報を欲しがったのだ。
寝支度を整えてベッドに寝転がり、うーんと伸びをする。
わたしはコロニーのことを何にも知らない。わたしの世界は【赤い部屋】で完結していて、それ以外のことを知る必要はなかったのだ。
このままではシェンをがっかりさせてしまうだろう、と思ってため息をついた。何でも屋として働いてきたせいか、頼みには応えたくなる。
でも。
わたしは手のひらで顔に触れた。包帯越しに、ケロイドのでこぼこした感触が伝わってくる。
この顔で外に出れば、すぐに【赤い部屋】のメルニカと知れるだろう。あの女の娘だと指を差されるかもしれない。それにわたしは外の人間と会話を交わしたことさえないのだ。
――それで結局、次の宇宙嵐のときには、何も話せることがなかった。
【赤い部屋】から出たことがないからコロニーについては何も知らない、と謝るわたしに、端末の向こうのシェンは、驚いたような口調で叫んだ。
「そんな謝ることではないんだよ!?」
シェンの声の向こうから、椅子から転げ落ちたような鈍い音がする。
「依頼を完遂できなかったですし……」
「確かに僕が頼んだことだけれども!」
シェンは少し黙り、細く息を吐き出す。ガタンと椅子に座る音が聞こえたかと思うと、落ち着いた声で話し始めた。
「正直言うとね、僕はメルニカが二度目の通話に応答してくれただけで嬉しいよ。ほら、初回の僕、ひどかっただろ? あのときは本当に興奮してて……すまなかった」
「いえ、気にしていませんから」
【赤い部屋】で母に狂乱する男たちに比べれば可愛いものだった。わたしはふと、気になったことを問いかける。
「シェンはどうして、外の人間と連絡を取りたがるんですか?」
長い沈黙が返ってきた。もしかして通信が切れてしまったかな、と心配になった頃、やっと微かな囁き声が耳元に触れた。
「……こんなことは、神に対する侮辱だと言われるけれどね」
シェンは大きく息を吸い、はっきりと口にした。
「僕は、外の世界を見てみたい。真理というものが存在するのであれば、それは定まった公転軌道の中ではなく、世界中に散らばっているものだと思う。人々の会話に、景色に、星の間に、様々な形で。それを拾い集めることが、最も真理に近づく方法じゃないかな」
「なら、船を降りるんですか」
わたしの問いには、躊躇いがちな返答があった。
「……僕には母がいる。女手一つで僕を育ててくれた恩人だ。母は……当然だが、僕が船の中で生涯暮らすことを願っている。母を置いて好き勝手に旅をすることが正しいのか、迷っているよ」
母、と聞いて体がこわばった。反射的に手のひらで顔を覆う。わたしに熱湯を浴びせて以来、視界にも映さないひと。どことも知れない遠くを見つめているひと。わたしにとっての母とは、そういうものだった。
シェンが薄く笑う。
「そちらに到着するにはまだ時間がかかる。もしかすると説得できるかもしれないし、なんとかしてみるよ。通信終了」
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