12人が本棚に入れています
本棚に追加
「僕は船を降りることに決めたよ」
通信がつながった途端、シェンの明るい声が聞こえてきた。
「母を説得できたんだ。かなり揉めたけど、最後には分かってくれたよ」
「本当ですか!」
わたしの口元にも笑みが浮かんだ。やはりまっとうな母とは、話し合えば分かり合えるのだ、と胸の奥が熱くなった。
「休息まではあと三日だ。良ければ会えないか? メルニカにはとても世話になったから、直接お礼がしたいんだ」
「それは……」
わたしは口をつぐんだ。この顔を晒してシェンはどう思うだろうか。沈黙をどう解釈したのか、焦った声がする。
「いや、無理にとは言わない。というか端末で話しているだけの男と会うの普通に考えて嫌だよな!? 怪しいし。あの、口座を教えてもらえれば謝礼を支払うから……」
「違います!」
口をついて出たのは、自分でも驚くほど大きな声だった。
「わたしも、直接会ってお話ししたいです。ちょっと驚かせるかもしれないんですが」
「そうか、良かった……」
ほーっと長いため息をついて、笑い混じりにシェンは言った。
「今や船を降りたい理由の一つには、メルニカに会ってみたいってのも加わってるからね」
――それが、三日前のこと。
待ち合わせ時刻になっても、シェンは【赤い部屋】に現れなかった。娼館スペースだが良いのか、と百回念を押したが、彼はわたしの生まれ育った場所を見たいと譲らなかった。
【赤い部屋】には、〈星の旅人〉らしき男たちも訪れるようになった。彼らは皆、黒っぽい髪に真っ黒な瞳をしていて、明らかにコロニーの住民とは異質だった。
……騙されたのだろうか。会いたいなどと言ったのは建前で、ただ情報をくれた人間を良い気分にするための方便だったのか。
ぎり、と唇を噛む。いや違う。そんなことをしてもシェンにはメリットがない。約束を自分で踏みにじってどうする。今できることが、わたしにはあるはずだ。
わたしは震える拳を握りしめ、カウンターで女を選ぶ〈星の旅人〉の男に声をかけた。
「あの!」
自分では大声を上げたつもりだったけれど、ひどく掠れた声になってしまった。だが、男は振り返ってわたしを見下ろした。顔に巻かれた包帯にぎょっと後ずさる。それでもわたしは、男の方に一歩足を踏み出した。
「シェン・カナイという人を知りませんか」
「……シェン?」
男は眉を寄せ、ああ、と首を縦に振った。
「あいつか。船を降りようとして、今はお袋さんに船の倉庫に閉じ込められてるよ。知り合いか?」
最初のコメントを投稿しよう!