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ヴェールをかぶってしまえば、誰もわたしを見咎めはしなかった。【赤い部屋】を抜け出て宇宙港へ。エレベーターで〈星の旅人〉の船へ。
男に教えられた通りに居住区を進む。〈星の旅人〉やコロニーの商人がひっきりなしに行き交っていた廊下も、奥へ向かうにつれてひと気がなくなっていった。
そうしてたどり着いた船倉の鉄扉には、古めかしい南京錠がかかっていた。わたしは服の下から金切鋏を取り出し、南京錠にあてがう。ガキン、と硬い音が響き、いましめが断ち切られた。
ゆっくりと扉を開ける。
船倉の暗闇を、廊下から差した光が切り裂いていく。壁際に一人の少年が座り込んでいた。ひょろりと伸びた手足を持て余すように膝を抱え込んでいる。長めの前髪の奥で見開かれた黒い瞳が、信じられないものを見るようにわたしを見上げた。
「シェン、お待たせしました」
「メ、メルニカ……?」
わたしは頷いて、ヴェールを取り払った。シェンがハッと息を呑む。その前で、わたしは顔を覆う包帯をゆっくりほどいていった。
ぱさり、と軽い音を立てて、包帯が床に落ちる。ケロイドの顔面があらわになった。
「……驚きました?」
「君が来てくれたことにね。え? どうやって?」
「その話は後で。もし本当に船を降りたいなら、今しかチャンスはありません」
すっと手を差し伸べた。シェンがわたしの指先を凝視する。食いしばった歯の奥から、苦しげな呻き声が漏れた。
「……母さんのことが本当に大切なんだ」
顔を歪めてうつむく。ぽたり、と汗か涙か分からない液体が床に点々とこぼれ落ちた。
「僕をずっと育ててくれて、感謝してる。たった一人の家族だ。できればそばにいて安心させたいし、支えになりたい。それは嘘じゃないんだよ。――でも」
ゆっくりと顔を上げる。わたしの方へ手を伸ばす。広げた手のひらが小刻みに震えていた。シェンはそれを見て、一度手を下ろしかけ――大きく息を吸うと、わたしの手をぐいと掴んだ。
「閉じ込められたとき、思ったんだ」
痛いほどの力で握りしめる。振り仰ぐ瞳に、火花の散るような光が宿る。
「僕はここには居られない。親離れするときが来たんだ、ってね」
手のひらの熱を、わたしも強く握り返した。
あらためてヴェールをかぶり直したわたしと廊下を駆け抜けながら、シェンが呟いた。
「ところで、その怪我を気にしているなら、どうして治療しないんだい? 何かこだわりが?」
唖然とするのはわたしの番だった。シェンはなんでもないように続ける。
「確か、アルファケンタウリの辺りには整形外科技術が発達している星があるんじゃなかったかな。惑星系の移動は大変だけど、行けなくはないよ」
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