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この病棟には、余命宣告を受けていて、積極的な癌治療を行わないと決めた"がん"患者達だけが入院している。疼痛は幾分かコントロールされていたが、僕以外には看護師さんや理学療法士さんとしか話していないようだった。その奈保子がこんなに嬉しそうにお茶したいって……。こんなに楽しそうな笑顔を見るのはいつ以来だろう。
やがて時計は15時を示して、お茶の時間となった。僕は奈保子の乗った車椅子を押してラウンジに向かった。
この病棟はカタカナの”ロ”の形をしていて、中央部分は中庭になっている。ラウンジに配置されているいくつかのテーブルには、中庭から柔らかな日差しが降り注いでいる。
そのうちの一つのテーブルに座っている女性が小さく手を振っていた。
「奈保子さん、こっちよ」
「こんにちは、陽子さん」
そこには、柔らかな笑顔を浮かべている奈保子と同じくらいの年齢の女性と、ヘッドレストのついた大きな車椅子に乗った男性がいた。
「こちらが陽子さんの旦那様?」
「はじめまして、いつも妻がお世話になっています。陽子の夫の由彦と言います。こんな格好ですいません。背骨に転移してしまっていて、もう自分では長い時間、首を支えていられなくて」
ああそうか、この人も末期の”がん”なんだよな。首を支えられないんじゃ大変だろうな。
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