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「あっれ? 花の匂いだ」
暗い色の服を着込んだ人達が疲れた顔で駅へと向かって行く。そんな日常風景を横目に開店準備をしていると、少し驚きの混ざった呑気な声が聞こえた。
振り向くと白杖を持ったスーツ姿の男が立っている。
ドクン。
一瞬、破裂したように鼓動が弾け、呼吸が止まった。
そして、自分たち、おそらく、蒼生と瑠璃蝶の周りの世界も止まった。
『蒼……』
微かな声が背後から聞こえる。
自分を呼ぼうとしたのか、彼の人を呼ぼうとしたのか。
瑠璃蝶に聞かなくても分かる。
彼が『彼』だ。
「花屋です。まだ準備中ですが」
「あ、お仕事中お邪魔いたしました」
こちらから声を掛けるとは思っていなかったようで、少し驚いた顔をした後、柔和に微笑み、折り目正しく謝られてしまった。
「いえ。どちらへ向かわれる途中ですか?」
「駅へ……。あ、場所は分かっています。音が聞こえていますから。有難うございます」
年はどれくらいなのか、読みずらい顔立ちをしている。
リクルートスーツではないので二十歳は超えていそうだが、自分と同じ二十代後半くらいかと聞かれると、驚いた顔はそれより幼く見え、柔和に微笑んだ顔はもっと落ち着いていて大人にも見えた。
そんな彼を見ていると、蒼生はトクトクと走る鼓動に少し違和感を覚える。
今まで何度も考えた事はあった。自分が〝蒼太郎〟と巡り会える奇跡が起きたとして、生まれ変わったその人を自分も愛するのだろうかと。
背後の瑠璃蝶を見やれば、未だ突然やってきた奇跡に放心したまま動けないでいる。そうして自身の感覚とは別の所で、蒼生の鼓動が早鐘を打つ。しかし鼓動を跳ねさせているのは、おそらく瑠璃蝶と繋がっている部分だ。
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