4人が本棚に入れています
本棚に追加
鉄さんと千代さん
父には師匠がいる
鉄さんと千代さんだ
お二人は私の祖母の両親 つまりは私の曽祖父母の友達だったらしい
父と暮らしはじめてからお二人を知った私はまだよく知らない
とても人の良いお二人だが 私の祖母に唯一意見できる存在でもある
「鉄さん こんにちは」
父は私の帰りの遅い毎週木曜日にお二人のもとを訪ねている たまたま早く帰れた今日は私もついていくことにした
「おう 翼 よく来たな 今週はあんたも来たんか 名前なんじゃったかの?」
「こんにちは 青葉です ご無沙汰しております」
昔警察官をしていたという鉄さんは八十歳を超えているのに姿勢がとてもいい まっすぐしている
「ああ あおばちゃん やったの さ 入った入った」
鉄さんは私の名前をなかなか覚えてくれない
「あ 翼 千代婆呼んでこい」
「わかった」
父は鉄さんの家の向かいに住む千代さんを迎えにいった
「どうじゃ 翼は?頑張っとるか」
先に床の間に通された私に鉄さんが聞いた
「はい とても 一生懸命に父をしてくれてます」
「ほうか ほうかあの泣き虫がの えかったえかった」
鉄さんは私の知らない父を知っている 鉄さん曰く父はかなりの泣き虫だったらしい
「ま 家族なんやから二人仲良くな」
「はい ありがとうございます」
鉄さんは父の心の師匠だ
「千代さん 連れてきた」
父と千代さんが入ってきた
「あ〜青葉さん こんにちは 相変わらずぺっぴんさんやねぇ〜」
千代さんはわざわざ正座して深々とお辞儀で挨拶をする いつもニコニコとしていてとても素敵な人だ
「千代さん こんにちは いつもお料理ありがとうございます 毎回美味しく頂いてます」
「いいえ〜いつも食べてくれてありがとう」
毎週千代さんはいつも父に手料理を持たせてくれる 千代さんは父の料理の師匠だ
「さ 私は料理の準備があるから 青葉さん手伝ってくれる?」
「はい もちろんです」
「ほいじゃ儂らは将棋でもしようかの」
そう言って鉄さんと父は将棋を始めた
千代さんの家の台所に着くと千代さんはリズムよく一皿一皿完成させていった どれも千代さんの人柄が出た思いやりに溢れた料理ばかりだ
「お父さんとしての翼ちゃんはどう?」
「とってもよくしてくれてますよ 私より6歳も年下なのに 立派に私のお父さんです」
「そお 安心したわ 翼ちゃんはいつも一生懸命だもんねぇ〜」
「はい 本当に とても尊敬しています」
私たちは笑った
佇まいからして優しい千代さんが私は大好きだ
父と2人のご飯も好きだが4人で食べるご飯も私は好きだ
鉄さんが昔の話をして 父と千代さんがそれを聞いている 私はその3人を見ているのが楽しい 3人は祖父母と孫のようだ
「家族は一緒におるのが一番じゃ 翼が今家族とおる それが儂は何よりも嬉しい」
鉄さんは食事を食べ終わるといつもそう言い少し涙ぐむ
「もう鉄さんったら いつも同じ話をして」
千代さんの相槌もいつものことだ
「青葉ちゃん 翼をよろしくな 困ったことあったらいつでも儂らに相談するとええ」
「はい ありがとうございます」
父に感謝しているのは私なのにと思いながら私はそう言う
父はそれをいつも笑って見ている
「鉄さんと千代さん 今日も温かかったね」
「うん さすがぼくの師匠たちだ」
師匠
11歳にして師匠がいる父を私はすごいなぁと思う
17歳になった今でも私に師匠はいない
帰って父がお風呂に入っている間に私は師匠という言葉を調べてみた
「学問・技術・芸術などを教える人 こうありたいと思う人」
と書いてあった
「あ 私の師匠いた」
と私は思った
私の師匠 それはやっぱり父だ
最初のコメントを投稿しよう!