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海の中をゆらゆらと漂っていた。
ふいに、細かい泡が目の前を横切る。
スキューバダイビング。
たぶん、ボラカイ島。
情景は、まどろみの狭間から唐突に現れ、その刹那、溶けるように消えてゆく。
前と後はない。この場面だけだ。
あとは闇。液体の闇。質量を持ったたゆたゆしくゆるやかな闇。
その中を漂っている。ゆらゆらと漂っている。
「痛いー!痛いよー!」
絶叫が部屋に響きわたる。
「痛くても声は出さない! 我慢して。まだ、我慢。深呼吸するよ。吸って、吐いて!」
「ううう……痛いぃ」
「がんばれ!がんばれ!」
若い男がおろおろしている。
「もう見えてるよ。よし、痛みに合わせて、またいきむよ。いきんで! はい、10秒間!」
「はあぁ、うーん、うーん、うーーん!」
必死でいきむ。
「はい10秒。力抜いて、深呼吸して」
「あーあぁ、痛い……」
唐突に、予感がした。
予感と共に、闇の彼方に一粒の光が漏れた。
その粒は二つになり、四つになり、あっという間にキラキラと輝く揺らめきになった。
海面が近づいている。
海の上には、きっと青空が広がっている。ボラカイ島の広い空が。
ああ、終わるんだ。何もかも完全に。
「オギャーオギャー」
そしてまた始まる。
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