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伝が困った様子でいると、男が言った。
「家まで送ってやるよ」
「え、でも……」
「メガネなくしちゃったの俺の責任だしな。それにこの辺で住宅地はあそこしかないから大丈夫だろ。名前は?」
「……ツトム」
「いや、そうじゃなくて名字、上の名前の方」
名字の意味はわかっている。けれど、今はそれを口にしたくはなかった。
「……嫌いだから言いたくない」
「なんだそりゃ。言わないと家わかんないだろ」
それでも黙っている伝に、男は困った様子で頭を掻く。やがて何かを思い付いたらしく、男は伝に目線を合わせて語りかけた。
「わかった! 俺の名前も教えるから、ツトムも教えてくれよ。これでおあいこだろ?」
ためらいつつもこれ以上困らせるのは悪い気がして、伝はしぶしぶ頷いた。すると男は微笑んで頭を撫でてくれる。
「俺は羽石真琴。俺もツトムと同じで自分の名前好きじゃないんだよな。名字の方は羽根の羽に石って書くんだけど、これがどうにも正しく読まれない。名前の方も漢字が女の子みたいだーってからかわれたことあるし」
からかわれた。その言葉に伝は思わず顔を上げる。ばっちりと目が合って、羽石は微笑んでくれている気がした。
「さっ、ツトムの番だ」
軽く肩を叩かれ、しぶしぶ口にする。
「……え、海老、沢……」
「海老沢? 普通じゃねぇか。なんで嫌いなんだ?」
すると、伝のお腹が盛大に音を立てた。一瞬の沈黙の後、羽石は吹き出して笑う。
「途中でお菓子買ってやるよ。歩きながら話そう」
そう言って自然に手を握ってくれる。伝はその手を握り返して、ゆっくりと歩き出した。
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