9人が本棚に入れています
本棚に追加
事故当時、持っていたスマホの電源は入ったものの、なぜかデータが初期化されてしまっている状態だった。
退院後、「卒業アルバムが見たい」と家中を探した。
でも、なぜか中学のアルバムや写真も見つからなかった。両親に聞いても、「わからない」と首を傾げるだけだ。
失った記憶と失った自分。それらを知るためのものは、何一つ残されていなかったのだ。
体はすっかり回復しても、多くの記憶を失くした僕の心は、ひどく落ち込んでいた。何もする気力が湧かず、高校も休んだままだった。
そんなある日、「中学時代のクラスメイトで親友」と名乗る海璃から、電話があった。
それが、かつての僕の友達だったという竜二の訃報だった。
僕にとっては亡くなった「竜二」も、電話をくれた「海璃」も覚えのない人で、ただ戸惑うばかりだった。
それでも、「何か思い出すかもしれない」と期待を込め、知らない町の知らない人の葬式へ参列した。
恵理奈とは、そこで会ったのだ。
かつての「彼女」も、声をかけてくれる「旧友」たちも、記憶のない別人のような僕にショックを受けたようだった。
僕はこの再会をきっかけに、この町へ戻ることになる。
「環境を変えてみるのはどうか」と両親が勧めてくれたのだ。記憶を失い、塞ぎ込む息子を見兼ねての決断だったのだろう。
そうして高校三年生になった四月、自分探しのための新生活が始まった。
「あ、もう日が沈んじゃう! 早く帰らないと大変……!」
山に差し掛かる夕日を見て、彼女は慌て出した。
「今日は満月だから」
そう言って僕の手を引っ張り、走り出す。
「今日、何かあるの?」
走りながら尋ねる僕に、彼女の顔色が変わった。
「……晴れた満月の夜には、『笛吹きピエロ』が来るから」
恵理奈の顔から、さっきまでの明るさは消えていた。
「ピエロが、屋根の上で笛を吹くの。その屋根の家の人は、死んじゃうの……」
この町の伝説だろうか。
いや。彼女のこの強張った表情は、この震える声は……違う。
「どういうこと?」
「一年前くらいから、ピエロが現れるようになったの。この町の人は皆知ってる。晴れた満月の夜、屋根の上でピエロが笛を吹いているんだ……。そして翌朝、その家の人が亡くなっていたの」
「な……何だよ、それ! そんなの普通に不審者だし近所迷惑だし、殺人犯じゃん!」
彼女は首を横に振る。
「違う……」
「違うって、何が?」
「人間じゃない……」
僕の手を握ったまま走る彼女の手は、驚くほど冷たくなっていた。
「あれは、人間じゃない……」
最初のコメントを投稿しよう!