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「お葬式の時、皆、晃希くんには『喘息の発作だった』としか話してなかったと思うけど、本当はピエロのせいなんだよ……」
「え……嘘だろ……」
「実際、彼は喘息持ちだったけど、言ってたんだ。『今夜は絶対にピエロを捕まえてやる。今まで犠牲になった人たちの仇とってやる』って。私は『危ないからやめて』って止めたんだけど……」
受話器の向こうで、恵里奈のすすり泣きが聞こえる。
「私がもっとしっかり引き止めていたら、あんなことには……」
彼らとの思い出がない僕にとっても、その話はショックだった。
でも、彼女は僕なんかより何十倍も、辛い思いをしているのだ。
「晃希くんとまた一緒に過ごせて、嬉しいけど……怖くなっちゃった。この町に戻ってきてよかったのかなって。もし晃希くんに何かあったら、私……」
彼女は今も、僕のことを好いてくれているのだろうか。
僕には、彼女との思い出はない。
でも、彼女は僕を心配してくれている。
今の僕に出来ることは……。
「大丈夫だよ。家から一歩も出ないようにするし、今夜はずっと、このまま電話を繋いでいよう。それなら安心できるでしょ?」
「うん……。ありがとう……」
この町に戻って間もないが、恵里奈には助けられている。僕の記憶を取り戻そうと、昔の話をしてくれたり、今日も一緒に歩いてくれた。
僕は彼女を、守りたい。
その日は彼女と電話を繋いだまま、母と夕食をとり、風呂に入り、眠りについた。
このまま、何も起こらないと思っていた――。
◆
「晃希くん! 晃希くん!」
恵里奈の声で目覚めた。
通話をスピーカーにしていたから、その声がよく聞こえる。
「どした?」
眠い目を擦りながら時計を見ると、深夜二時だった。
次の瞬間、僕の眠気は一気に覚める。
「笛の……音」
遠くのほうで、透き通るような高い音が響いている。
「晃希くん……。音が、音がしてる……」
恵里奈の声が震えている。
「近い?」
「うん……。私の家じゃないみたいだけど……怖い……」
「大丈夫。大丈夫だよ。何かあったら、すぐ駆けつけるから」
「ダメ。家からは出ないで……」
「わかった。大丈夫だから。耳を塞いでいよう」
僕は彼女を励ましながら、耳を欹てる。
……それは、綺麗な音で。
どこか不気味な、不安に駆られる旋律だった。
「この曲……どこかで……」
初めて胸がざわついた夜。
それは、悪夢の始まりだった。
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