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グラシャ=ラボラス
信用のある侍女達だけは、
王妃を亡くした王様の寝室への出入りを許されている。
有力な家臣から送られた情報収集員としての、
役割をもつ者もいるようだ。
私がこっそりと寝室に近づくと、
聞きなれぬ、悲しげな女の声が聞こえてきた。
「……王様、貴方が悪いのですよ。
『隣の国を全滅させてでも、我国を富ませよ!』
というだけなら、もちろん私の得意分野です。
でも、『軍や国民がいかなる犠牲を出そうと、
我が世は栄え続けねばならん!』などというお言葉を、
仰ってはいけませんでした」
こんな深夜に一体誰が?
……人のことは言えないが(笑)。
そっと覗くと意外にも、犬の耳のように垂れた、
二つ結いの髪型が愛らしい、少女の姿が見えた。
「王もまた軍の指揮官である以上、
広い意味ではその一員なわけでしょう?
あいにく私には、人間の職業適性を判定できる、
心理学の心得もあります。
そうなってしまうと、契約を守るには私、
殺戮の魔王グラシャ=ラボラスといえども、
こうするしかないじゃありませんか……」
話の内容が只事ではない。
それに、何か少女の背中から生えているのは、
翼、だろうか……?
私は逃げるか出てゆくべきか、激しく悩んだ。
「でもまあ、ご安心ください。
好戦主義者の貴方と違ってお世継ぎは優しく、
側近も有能な方々のようです。
貴方に代わって必ずやお国に繁栄をもたらし、
ご遺志を叶えてくれるでしょう」
意を決して寝室に飛び込んだ私は、息を呑んだ。
寝台には無残にも変わり果てた、
王の亡骸が散らばっており、
振り向くと少女の姿は、煙のようにかき消えていた。
……まあ、いいか。
確かにあの悪魔の言う通り、
蛮行愚行と黒魔術で有名な王は、元々人気がなかった。
犯人を捜そうにも容疑者でない者を探す方が難しく、
葬儀も祝典になりそうな有様だ。
人間には不可能な現場の惨状や責任問題を考えると、
死因は病死か事故死になるのではないか、とも思った。
私は震えながらも静かに、部屋を後にした。
グラシャ=ラボラス:
ソロモン王が使役した、72大悪魔の中の一柱。
人文科学の知識を与える一方、殺戮の達人でもある。
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