仕事に励む蕗

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今度は、母親の方が、涙で、ぐしゃぐしゃの顔になり 「何と、何とお礼を言えば良いのでしょう」と 子供をしっかり抱きしめて、蕗に頭を下げた。 「良いのよ、私がこんな事が出来るのも、この国に 魔法が満ちているからだと聞きました、みんな、この国の力なんですから」 蕗は、そう言った、子供は、母親が泣いている顔を、不思議そうに見て 「母ちゃん、何が悲しいの?」と聞く。 「悲しいんじゃ無いよ、嬉しいんだ」「え~っ、嬉しくても、泣くの?」 「お母さんは、君の手が元通りになったのが、物凄~く、嬉しかったんだよ 泣いちゃうくらいね、だから、もう、無茶な事はしないでね」と、蕗が言うと 「うん、分かった」と、元気に答えた腕白は、母親の胸から降りると ぱっと駆け出し、でんぐり返しをした。 「あらら、分かってないみたい」蕗の声に、皆は、声を揃えて笑った。 次は、ハルドナー卿の領地で、確かに、年寄りの姿が多く見られた。 「でも、外に出て行けるだけ、まだ元気なのね、本当に大変だと 家から出られ無いもの」蕗は、自身の経験からそう言った。 「そうですね、意外でした」カラジもそう言った。 ハルドナー卿も、蕗を出迎えてくれた、まだ30代の若い領主だった。 「蕗様、自らがお越し下さるとは、誠に有難う御座います」 ハルドナー卿は、恭しくお辞儀をして、そう言った。 そこでも、薬は、平民たちを優先して、配られるようだった。 「薬で、治せない様な、重傷者は居ませんか?」蕗が、そう訊ねると 「幸い、殆どの者が、回復薬で治りそうです。 ただ、一人だけ、病気では無いのですが、元気の無い者が居りまして」 ハルドナー卿の話では、二カ月前に息子を亡くした父親が、嘆きのあまり 一歩も外へ出て来ないと言う「お年寄りには、なるべく外に出て 人や物に触れる様にと、勧めているのですが」 「それは、良い取り組みですね、それで、ここのお年寄りが 生き生きとしている理由が分かりました」蕗がそう言うと 若い領主は嬉しそうに「有難う御座います」と、言った。 「私が、その方を、お見舞いしても良いでしょうか」蕗がそう言うと ハルドナー卿は「是非、お願いします」と、頭を下げた。 蕗が、その老人の所へ行ってみると、5年前に妻を亡くし、頼りにしていた 一人息子に先立たれた老人は、生きる気力を無くして、暗い家で 一人、泣いていた。 蕗は、傍に座り「お辛い事でしたね」と、老人の手を取って擦った。 老人は、一気に涙を溢れさせ、辛い気持ちを、蕗に切々と訴えた。 蕗は、背中を擦りながら、うんうんと聞いてやり、老人の涙が治まった頃 「お辛いのは良く分かりますが、今、貴方以上に辛い思いをされているのは 亡くなられた、息子さんですよ」と、静かに言った。 「ええっ」老人は驚く「息子さんは、お父様を、こんなに悲しませていると 天国で見て、泣いていらっしゃるでしょう。 どうか、そんな息子さんを、笑顔にさせてやって下さい。 貴方が、皆と交わり、昔の様に楽しい暮らしをし、色々な事を見たり 聞いたりして、思い出を一杯作っていれば、息子さんも安心します。 それほど遠くない時期に、貴方も、息子さんの所へ行けます。 その時に、迎えに来てくれた息子さんに、出来るだけ沢山の思い出を お土産話として、話してあげられる様に、頑張って下さい」 老人は、深く息を吸うと「全く、その通りでした、悲しみで、目も耳も塞がり 悪い事しか、考えられなかったのです、これからは、心を入れ替えて 沢山の、思いで作りに励みます」と、言った、蕗は、嬉しそうに頷くと 「辛くなったら、また話を聞きに来ますね」と言って、老人の家を出た。
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