赤の国と青の国

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全ての怪我人を治した時「蕗様っ、直ぐに、直ぐに来て下さいっ」と 一人の男が、肩で息をしながら蕗を迎えに来た。 「妻が、死にそうなんです」「ええっ」蕗は、大急ぎで、その男の後を追う。 男の家に行くと、数人の女性達が、泣いていた。 男の妻は、二人目の子を出産したが、思わぬ難産で、子供は死んでしまい 妻の息も、もう途切れ途切れだと言う。 蕗は、その子供を見た、顔も身体も、紫色で、もう息はしていなかった。 「二人目だと言う事で、すっかり油断していました」 その子を取り上げたと言う、産婆が、力なくそう言った。 蕗は、その子の体温が、まだ暖かい事に、まだ間に合うかも知れないと 『この世界の神様、どうか私に、大いなる力を、与えたまえ』そう願うと ありったけの思いを込めて、その子の身体に、回復の魔法を掛け続けた。 「生きて、生きて、お願い」それは、自分の子供三人を 産んでやれなかった、蕗の、切ない願いでもあった。 赤ん坊の顔が、少し赤くなり、ケホッと羊水を吐くと 「オギャァ~」と、弱いけれど声を上げた。 「おお、泣いた」「泣いたぞ」女達は、喜びの声を上げた。 なおも蕗は、魔法を掛け続ける、赤ん坊は、オギャァ、オギャァと 泣く度に、体の色も、ピンク色になり、元気に両手両足を、バタバタさせた。 「もう大丈夫」蕗は、抱きあげた赤ん坊を、母親の胸をはだけさせ その胸に、うつ伏せに寝せた、息も、途切れ途切れだった母は その温かみと泣き声に、目から涙を溢れさせ、両腕で、赤ん坊を抱きしめた。 その母親に、回復薬を飲ませ「よく頑張ったわね」と、労わりの声を掛ける。 「蕗様、、」後は言葉にならなかった。 その妻の傍で、夫も、男泣きしていた。 小さな男の子が、母の傍に行き「かぁちゃ、こえ、な~に?」と聞く。 「ガレア、お前の妹だよ」父親が、そう教え 母親も、手を伸ばして、男の子の頭を撫でる。 蕗も「ガレアは、お兄ちゃんになったのよ、この子を可愛がってね」 と言った「うんっ」ガレアは、元気に返事をして、にこっと笑った。 その男の家の前の、真っ白な砂浜を歩きながら「良かった、本当に良かった」 蕗にとって、この人助けは、これまでで一番嬉しい出来事だった。 あんな可愛い赤ん坊、私も抱きたかった、、、涙が零れて来た。 「蕗様?」カラジが、そう声を掛けた瞬間、蕗は、上着を脱ぎ捨て ザブンと、海に飛び込んだ。 「蕗様っ」「お戻り下さいっ」「蕗様~」 警護の皆が慌てる中、蕗は、青い海の中を、抜き手を切って泳ぐ。 暫く泳いだ後、また浜に戻って来た。 騒ぎに、男の家に居た女達が、タオルを持って出て来て 浜に上がった蕗の身体を包み、家へと連れて帰る。 そこで、入浴させて貰い、女達から服を借り、上着だけ羽織って ルシアンの王宮へ行く。 「蕗様、あまり驚かせないで下さい」カラジがそう言い 「全くです、肝が冷えました」と、ビルドも言う。 「ごめん、ごめん、あまりにも、海が綺麗なんで、思わず飛び込んじゃった」 「飛び込むのは構いませんが、一言、言ってからにして下さい」 ディグも、そういう「そうね、今度から、そうするわ」 久しぶりに泳ぎ、心の影を海の中へ流して来た蕗は、もう、もとの蕗だった。
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