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「しかし、蕗様が、あんなに泳ぎが上手だとは、思いませんでした」
と、カラジが言う「海辺で暮らしていた事も、有ったからね~」
蕗はそう言った、農村から嫁いで来た時
「何?泳げないだって?網元の嫁が、そんな事じゃ、どうにもならん」と
舅に言われ、いきなり海の中へ、放り込まれた。
驚いて、アップアップしている蕗を見て、そこらに居た人は
全員、腹を抱えて笑っていた、その中に、夫の姿も有り
蕗は、悔しさと、情けなさで、涙を零しながら
必死の思いで、船を繋いでいるロープに、しがみ付いた。
虐げられる事には、慣れていたが、夫になる人位は、、
と言う甘い考えは、その時、打ち砕かれた。
蕗は、一人で毎日練習し、なんとか泳げるようになると
辛かった日や、悲しかった日は、沖の方まで泳いで行って
海の中に、涙を落として、帰って来る、そんな毎日だった。
三人目の子供も流産し、もう子供は産めない体だと、医者に言われた日も
沖の方まで泳ぎ、このままずっと先まで行って
帰れなくなれば良いと思ったが、運悪く、近所の人の船に見つかり
連れて帰られた、舅は「何で、そんな事をする」と、烈火のごとく怒る。
蕗が、もう子供を産めない体になったと告げると
「そんな嫁は、要らん、直ぐに出て行け」と、追い出されてしまった。
そんな事も、もう、遠い遠い昔の事になってしまった。
あの時、死ねなかったのは、ここへ来て、みんなを助ける為だったのだろうか
物思いにふけっているうちに、ルシアンの宮殿に着いた。
ルシアンは、蕗が助けた人の事を、報告されていたのだろう
「蕗様、大勢の怪我人を、お助け下さいまして、誠に有難う御座います」と
深い感謝の意を示し「さぞ、お腹が空いた事でしょう、どうぞ」と
食事の席を設けてくれた。
「わぁ~凄いですね~」次々に出される、新鮮な魚介類の料理を
蕗は、持って来た箸を使って、片っ端から食べて行く。
二本の箸で、器用に魚の骨を外して食べる蕗に
ルシアンを始め、周りの侍従たちまで、目を瞠る。
「蕗様、泳がれたそうですが」ルシアンが聞く。
「ええ、あまりにも綺麗な海だったので、思わず」蕗がそう言うと
「蕗様は、海も魚介類も、大好きなのですね」と、ルシアンは喜んだ。
「はい、怪我人や病人が居なくても、時々、遊びに来たいです」
蕗の言葉は、ルシアンを、更に喜ばせた。
そんな蕗に、ルシアンは、虹色に輝く真珠を連ねた
見事なネックレスを呉れた「有難う御座います、大事に使わせて頂きます」
蕗は、そう言って、宮殿を後にした。
船着き場まで来ると「蕗様、これを」「これも、どうぞ」と
助けてやった人々が、手に手に、自分が獲ったと言う、貝や、魚
海草や、干物などを、チャドの馬車に、積み込んだ。
「皆さん、有難う!!また来ますからね~」蕗は、船の上から手を振った。
父親に、肩車をされたガレアも、夢中で手を振っていた。
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