敵襲

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翌日、朝になって帰って来た蕗は、無事に男の子が生れたと、長に報告した。 「有難う御座います」長は、蕗に礼を言って、新しい命の誕生を喜び 「昨夜は、寝ていらっしゃらないのでしょう、こちらでお休み下さい」と 自分の家の一番涼しい場所に、蕗のハンモックを用意させた。 ぐっすり昼まで眠った蕗は、起きると水を浴び、食事を済ませ 集落が集まって出来ている、この村から遠い所に有る、僻地の集落に 出掛ける用意をした。 「今からでは、着くのは夜になってしまいますぞ、明日にしては?」と 長は心配したが「大丈夫、カルルなら、ひとっ飛びよ」蕗は、にっこり笑った 暫く来ていないので、産み月を迎えた筈の、妊婦が心配だったのだ。 僻地の集落に付き、カルルを帰している蕗の所へ「蕗様っ、ようこそ」 一人の男が、急いで駆け付け「蚊にやられた者がいます」と 一軒の家に、案内した、家の中では、大きなお腹を抱えた女が 「あんたっ、しっかりしてっ」と、涙をボロボロ零しながら 真っ赤な顔で、息も絶え絶えの男の手を握っていた。 蚊にやられたと言う事は、マラリアか、デング熱か その病気の名前は聞いた事が有るが、その症状や治し方は知らない。 蕗が、男の傍に座ると、やっと蕗に気付いた女は「蕗様っ、どうか、どうか」 と、涙だらけの顔で、蕗に手を合わせた。 蕗は、頷き、女の背中を撫でてやると、男に濃い回復薬を飲ませ 男の胸に、両手をかざし「治れ、治れ」と、ひたすら願った。 1時間、2時間、全く男の様子は変わらない、3時間、時間は、どんどん過ぎ 見守る集落の全員が、もう駄目かと思った時、男が「はぁ~~っ」と 長い息を吐き、少しずつ、顔の赤色が、冷めて行った。 「やった~っ」「もう大丈夫だ」集落の皆が、喜びの声を上げる。 男は、ちょっとだけ目を開け、直ぐに眠りについた。 「有難う御座います、有難う御座います」女は、ずっと手をかざし続けていた蕗の両手を、握りしめて、お礼を言ったが「うぅっ」と、呻いた。 「えっ?陣痛?」蕗の言葉に「今朝から、痛みは有ったのですが 主人の事が心配で、忘れていました」と言う。 「大変!!もう出産が近いかも」蕗の慌てる声に 「皆、出産の準備をしてくれ」と、誰かが叫び、わらわらと、皆は外に出て 歳を取った女が二人、残った。 二人は、慣れた手つきで、蕗を手伝う、一人は、妊婦の母親で もう一人は、叔母だと言う。 「アギンは助かったんだ、今度は、お前が頑張るんだよ」母親がそう言う。 「うん」額から、汗を滴らせ、妊婦のカリクは、痛みに耐える。 程なく「オギャァ~」生れた女の子は、元気な産声を上げた。 「よく頑張ったわね」蕗は、その子供をカリクに抱かせて言う。 「有難う御座います」カリクは、嬉しそうに「アギンによく似てる」と 母と叔母に、笑いながら見せる。 「ああ、アギンの奴、目を覚ましたら、驚くぞ」母親は、そう言い 「知らぬ間に、父親になって、残念がるかも知れんな」叔母も、笑顔で言った 蕗は、薄い回復薬をカリクに飲ませ、後の処置も済ませた。 アギンも助かり、無事に女の子も誕生して、二重の喜びに涙目の アギンの父と、カリクの父は「もう、夜になってしまいました 今夜は、この集落にお泊り下さい」と、蕗に言った。 「そうね、まだ二人からは、目を離さない方が、良いかも」蕗はそう言った。
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