2658人が本棚に入れています
本棚に追加
「おーっ!椿すげえじゃん」
「うん!はやいはやいっ」
木下夫妻が声をあげて応援してくれる中、九条夫妻はただ静かに息子の勇姿を見守っていた。
玲はチラリと梓を見上げて口元を緩める。
梓の目はとても優しく穏やかだった。
椿が軽やかにゴールテープを切った時は、自然と拍手をしていた梓。
その表情はまさに父親のそれで、そんな梓を見た雅も綾乃もとても優しい目を向けた。
彼らは梓の二十代の頃を知っている。特に雅に関しては梓ともう二十年以上の付き合いだ。
当時の自分ではきっと考えられないだろう。
梓がこんなにも慈しんだ表情をするなんて想像もつかないと思う。
「次、環だね」
「あぁ」
「たま、緊張してなきゃいいけど」
兄弟であり、ライバル。一番の味方だけど一番負けたくない相手。それが環にとって椿だった。もちろんそれは椿にとっても同じこと。
「力みすぎなきゃいいが」
「そうね」
玲は苦笑する。
きっと環は「自分も一番」と狙うんだろう。
順位なんて関係ない。
ただ、ゴールすることが大切なのに。
玲はそう思うも言葉にしたことはない。
ひとつは、競争心を持つことの大切さを知って欲しいため。
もうひとつは目標に向かう姿勢を早くから身につけてほしいから。
「諦めなきゃいいわ」
諦めなければ歩いてもゴールテープは切れる。玲は小さく微笑むと、スタート地点に並ぶ息子の姿を見守るのだった。
最初のコメントを投稿しよう!