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年長組のかけっこが終わり、年少組のすずわりが始まった頃、年中組の園児たちと保護者によるプログラムで入場門がごった返していた。
さすがに梓だけ、もしくは玲だけでは参加させられない。そう思って二人は今年も仲良く夫妻で参加している。
ちなみに去年は椿と梓、玲と環チームで大玉を転がした。今年は神輿のような木組みの中にボールを入れて落とさないように運ぶらしい。
「ね?たま。もういいよね?」
そんな入場門で環は不貞腐れていた。
さきほどのかけっこの時の友人が母親に連れられて謝罪に来たのだ。
夫妻は揃って快くその謝罪を受け入れた。
勝ちたくてつい腕が伸びたとのことだ。
それでも環だって勝ちたかった。
勝ちたくて練習したのに。
下唇を突き出して俯く環を玲が宥める。
頑なな態度とは裏腹に、その手はしっかりと繋がっていた。
「くじょーたまきくん。はい!一生懸命最後まで走りました!よく頑張りました!」
玲が少し戯けて言えば少しだけ肩が揺れた。
どうやらちょっとだけ面白かったらしい。
「環」
今度は違う意味で肩が跳ねた。
落ち着いた声はまるで「いつまで拗ねているだ」と言われた気がした。
「この間、パパも言っただろう?何位でもいいって。諦めずにゴールテープを切ればいいって言わなかったか?」
宥めるような優しい声。環の頭に大きな手のひらが乗る。
「……いった」
「だからこれ以上拗ねなくても、怒らなくてもいい。ただ、悔しいなら、今度は捕まらないぐらい速く走ればいい」
環はハッと顔をあげる。
「……できるかな?」
「椿と練習すればいい」
椿が梓の隣で「たまには、まけない」と意気込む。
「……うん!」
環はクシャクシャと頭を撫でる手のひらに甘えるように擦り寄ると父親に飛びついた。
ようやく環から笑顔が見えて夫妻はホッと胸を撫で下ろしたのだった。
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