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「人の噂なんてすぐに消える。こんな騒動の後だ、課長だってすぐにまた異動になるに決まってる。だから、堀江が辞める必要はないんだ」
その気持ちが嬉しい。
「次も係長みたいな上司だといいな」
私は思わず呟いた。
そうすると、また沈黙が訪れる。
気まずくて、私が何か言おうとした時、係長が口を開いた。
「俺、部下はいらないが、パートナーは募集してる」
「えっ?」
パートナー?
どういう意味?
私は、言ってる意味が分からなくて首をかしげる。
「堀江、俺と結婚しないか?」
「……は?」
突然、何を言ってるの?
「えっと、私たち、付き合ってすらいませんけど?」
ふざけてるの?
でも、係長がそんな冗談を言うとは思えなくて……
「悪い、ちょっと性急すぎた。つまり、俺は正真正銘の独身だから、ちゃんと結婚できるって言いたかったんだ」
「はぁ……」
係長が独身なのは、改めて教えてもらわなくても知ってるけど。
「だから、俺と結婚を前提として付き合おう!」
赤信号でブレーキを踏んだ係長はこちらを向いて言った。
は!?
「えっ、ちょ、ちょっと待ってください。冗談ですよね!?」
なんでこのタイミング!?
だって、私、不倫とかしちゃう女よ?
会社だって辞めるのよ?
私なんかと結婚したら、今度は係長が醜聞にさらされる。
「冗談でこんなこと言えるか。俺は、ずっと堀江が好きだった。ただ、仕事上の関係を壊したくなくて、ずっと言えなかったんだ」
係長は、青信号を見て、アクセルを踏む。
「堀江を課長なんかに傷つけられるくらいなら、俺がもっと早く言ってればよかったって何回後悔したかしれない。だから、もう言わないで後悔したくない。堀江、俺と付き合おう。一生大切にする」
うそ……
「でも、私なんかと付き合ってるって社内の人に知られたら、なんて言われるか……」
人の噂って怖い。
私は今回それを身にしみて感じた。
「そんなの、なんて言われようと俺が堀江を守るよ。一生、堀江を守る」
ここまで言われて嬉しくないわけがない。
でも……
「でも、やっぱり、ダメです。係長がそんなに思ってくれるなら、こんな中途半端な私じゃダメなんです」
傷ついたから、係長に逃げるみたいなのは、ダメ。
「そんなの全然構わないよ。堀江が俺のところへ来てくれるなら、それがどんな理由でも構わない」
係長はそう言ってくれるけど……
「私は嫌なんです。だから……」
私は、ゆっくりと深呼吸を一つする。
「私が、ちゃんと係長を好きになるまで、もう少し待っててくれますか?」
そう、ちゃんと、私の気持ち全部で係長を好きになりたい。
「それって……」
係長は、運転しながら、ちらりとこちらに視線を投げた。
「まずはお友達からじゃ、ダメですか?」
私は、暗闇の中、伺うように係長の表情を見る。
その時、ハイビームのまま走って来た対向車のライトが一瞬、車内を明るくした。
嬉しそうな、でも、ちょっと照れ臭そうな係長の表情が浮かび上がる。
係長、かわいい……
私はこの時、係長に初めてのときめきを覚えた。
─── Fin. ───
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