よろしく、親父

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よろしく、親父

 その後、オルは見事「親父」の期待に応え、たった一人で依頼を達成した。彼が褒められ、さらなる期待がけを受けるのを、アナンは部屋の端で黙って見ていた。 「ねえ、パパ」 「どうした?」  言い出すことができずに、黙ったまま突っ立っていた。ドルークは眉をひそめる。 「特別な用がなければ、自分の仕事をしろ」 「あ、あの……!」  アナンは拳を握りしめた。もう限界だと思った。  私は、私は……。 「私、もうこのギルド辞めるから」  このギルドには、もういたくなかった。自分から「入りたい」と言っておきながら「いたくない」だなんて、勝手すぎるのはわかっている。しかし、本当の父と娘が同じギルドにいることの残酷さに、彼女は耐えることができなかった。 「それが、ギルドのボスに対しての言葉遣いか」  心臓を強く握りつぶされた気がした。しばらく、言葉が出なかった。 「ギルドの規律は守れ」 「も、申し訳、ございません」 「それで、もう一度訊く。俺に何か用か?」  アナンは、深く呼吸を吸った。あくまでも冷静に。アナンは何度も自分に言い聞かせた。 「私、アナン・ヴァルニオンは、このギルドを辞めさせていただきます」  そうか、と相槌を打ち、ドルークは淡々と続けた。 「お前にいかなる理由があるのか、俺は知らない。来る者を拒まなければ、去る者も追わないのがこのギルドだ」 「……はい」 「しかし、一度離れた者が、簡単に戻ることができるとは思わないことだ。このギルドを去るということは、このギルドを裏切ることと同義なのだからな」 「……承知して、おります」 「以上だ。後は、好きにするがいい」 「パパ……」  ううん、と首を振って、アナンは言い直した。 「今まで、お世話になりました」  ずっと暮らしていた部屋だ。簡素で味気ない部屋ではあったが、最後と思うと寂しく感じた。  決意をした後だというのに、なぜか手が震えていた。  いつもみたいに、自分の弱気を振り払おうとした。でも、できなかった。 (そうよ。散歩。これはただの散歩なの)  そんな軽い気持ちで、外に出てみた。そのまま、この街から離れようとした。しかし、街の門まで来たところで、アナンはぴたりと立ち止まった。また、帰りたくなった。 「…………」  寂しくなり、虚しくなり、怖くなり、くるりと街の方を振り返った。すると、アナンはドキッとして目を見開いた。 「突然いなくなるわ、いきなりギルド創りたいとか言い出すわ、そしてまたいなくなるわ。まったく、手のかかる娘だな、お前は」  クレインはいつものように飄々とした調子で、アナンの元に歩いてきた。彼が目の前に来たところで、アナンはぎゅっと眉根を寄せた。 「言っとくけど、私、戻らないから。パパにだって、もう辞めるって言ってきたばっかだし」 「勝手なことは許さん。今ならまだ親父も許してくださる。だから、早く戻るんだ!」  アナンは敵意の眼差しを向ける。すると、クレインはそれを面白がるようににたぁと笑みを浮かべた。 「……なんて、言うと思っただろ?」  クレインは、やはりいつもの軽い調子で言った。 「ところがどっこい。俺、蒼天の竜騎士(フォン・ドラグニア)辞めてきたんだわ。年甲斐もなく、お前の理想を見たくなったんだよ」 「……おっさん」  クレインは、アナンの頭にポンと手を乗せた。その手の平は大きく、とても温かかった。 「おっさんなんて呼び方はないだろ。だって、俺は……って、もう違うか」 「親父!」  クレインは、怪訝そうに目を細めた。 「だって、ギルドは家族でしょ。ギルドのボスは、ギルドの父親。ってことは、クレインは私にとっての親父ってことじゃん。ちょっとむかつくけどさ」 「やめてくれよ。まだ、愛する妻すらいないのに子持ちだなんて、世の女性たちから変な風に思われちゃうよ。だからさ、ほら、もっと違う感じの呼び方にしてくれない? キングとか、マイロードとか」 「何それ、だっさ」  アナンはクスクスと笑った。そして、クレインの手を門の外に引っ張って行った。 「ほら、早く行こうよ。まずは私たちの家、見つけなきゃね」 「まったく。手のかかる娘だこと」  クレインは諦めたように肩をすくめた。 「それまでは、放浪の旅か。やっぱ失敗だったかな。蒼天の竜騎士(フォン・ドラグニア)抜けてきたの」 「何言ってんの。あんなギルド、私たちならすぐ超せるって。だから、早く」 「へいへい」  軽装のアナンの胸には、青いペンダントが不似合いに輝いていた。その足取りは軽く、まるで親子でキャンプにでも行くかのような調子だった。
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