わかってよ……

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わかってよ……

 ここが洞窟の中ではないことはわかった。  白い天井。ふかふかのベッドの上で眠っていた。  あまりにも状況が変わりすぎて、アナンは今の現実を呑み込むことができなかった。 (もしかして、ここは天国?)  この心地良すぎる空間は……。そんな突拍子もない考えが、彼女の頭に浮かんだ。 「ーーよう、起きたか?」 (だとしたら……)  あなたは、天使ーー 「……なわけないか」  目に入ったクレインの得意そうな笑みに、アナンは我に返った。  穏やかそうな表情から一点、仏頂面で呟いた彼女に、クレインは眉をひそめた。 「おいおい。俺の顔にアナンを不快にさせる要素でも詰まっているのかよ」 「ううん。むしろ、感謝してる。私を現実に戻してくれて」 「そうかい。お役に立てたのなら光栄だ」  クレインは肩をすくめた。 「……ッ!」 「あんま無理すんなよ。左腕、しばらく動かさない方がいいぜ」  今までの出来事こそ、まるで夢みたいだった。しかし、それは確かに現実だったのだ。 「で……さ、私、どうしてここにいるの?」 「どうしてって、何を隠そう、お前は蒼天の竜騎士(フォン・ドラグニア)の立派な団員だからだよ」 「そんなことを訊いてるんじゃない」  本当のことを話して。  彼女の鋭い眼差しが、静かに訴えていた。クレインは、参ったように肩をすくめた。 「本当、ギリギリ間に合って良かったよ。安心しな。あのファンデスは、俺が片付けておいた。ただ、依頼は未完のままだ。あれは、俺に任されたわけでも、お前に任されたわけでもない依頼だからな」 「それで」  アナンは、ブランケットをぎゅっと握った。次の言葉までに、奇妙な間があった。 「おっさんが、クレインが、私をここまで運んでくれたの?」 「気持ち良さそうに寝ていたから、起こさないように、そっと、な」  握る手が、さらに強くなった。クレインは、こんなときでも飄々(ひょうひょう)としていた。握る手の力は、プライドの高さだった。少しして、ふっと手の力が抜けた。アナンは、ばつが悪そうにクレインを見た。 「……ごめんなさい」 「どうして謝る」 「勝手なことをしたから。それで、クレインに迷惑をかけたから」 「どうでもいいよ。そんなこと」  それよりさ、とクレインはアナンの頭に手を置き、にかっと笑った。 「アナンが生きていてくれて、良かったよ」  ハッとした。  その瞬間、アナンは本当の愛を見た気がした。親子ほど歳の離れた他人に「本当の愛」だなんて、果たして正しいのだろうか。しかし、少なくとも彼女にとっては、本当の愛に違いなかった。 「ねえ、クレイン」ふいに、アナンは言った。「私、ギルドを創りたいと思うの」 「ギルドって……これまた突発的だな」  クレインは呆れた顔をする。何もない白い壁を見つめながら、アナンは捲し立てるように続ける。 「このギルドを超すような、すごいギルドだよ。世界の各地に支部があって、みんな私たちを頼ってくれるの。国への影響力も強くて、そのおかげで貴族たちも威張ることができなくて、貧乏な人たちも幸せに暮らせる。そんなギルドを創るの」 「はは。素晴らしい理想だな」 「理想なんかじゃ、ない。理想なんかじゃ。だからさ……」  そこで、アナンは初めてクレインを一瞥した。 「だから、さ……」 「あっはっはっはっは!」  突然、クレインは乾いた笑い声を上げた。 「やりたいんなら、やってみればいいじゃんよ。俺は止めはしないぜ。アナンのギルドのこれからを、俺は酒でも呑みながら、楽しく見物させてもらうことにするよ」  アナンは、顔を俯けた。そして、一言。誰にも聞こえないような小さい声で、呟いた。 「おっさんの、バカ」 × × ×
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