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第百一話 髭のある少女の冒険
――ここまでなの?やっとリューザーの『棺桶』から全員を救出できたっていうのに!
私が自分の無力さに思わず歯噛みした、その時だった。
「ぬんおおおっ」
地の底から響くような男性の唸り声が聞こえたかと思うと、ぶちぶちと何かがはじけ飛ぶ音が聞こえた。
「――石さん、まさか!」
声のした方を見た私は思わず、叫んでいた。石亀が両脚を開いて地面を踏みしめ、腰を落として力んでいるのが見えたからだった。
「うんがらぶりゃああっ!」
石亀が拳を握りしめて歯を食いしばると、ベルトがはじけ飛んでズボンがずり落ちた。
「石さん、人前でそれ以上は!」
もう止められないと思いつつ、私はさらに叫んだ。ズボンの下から現れたのは、フリルのついたピンクのスカートだった。
「ぷるぷるぷるうううっ!」
耐えかねたように脱ぎ捨てた上着の下から現れたのは、可愛らしいエプロンドレスだった。
「ぺリポレピレパレ、ポピピンパッ!」
石亀はどこからともなく花柄のステッキを取り出すと、軽やかに振りながらその場でジャンプした。
「――石さん、ああ!」
着地した石亀のシルエットが少女のそれへと変化し、顔の皮膚がつるんと伸びた。
「おー待たせえっ!夢と癒しの無敵少女、キャンディ登場よ!」
ついに変身してしまった……私は「裏の能力」を使ってキャンディに変身した石亀を微妙な気分で眺めつつ、いったいこの危機をどうやって乗り切るつもりだろうかと首を傾げた。
「なっ、何だ貴様は!子供はもうお家に帰る時間だぞ!」
「キャンディ、子供じゃないもん!」
可逆性変態人格――裏の特殊能力を発動させた石亀は頬を膨らませると、武骨な機械を装着した大男に食って掛かった。
「ええい目障りだ。いつまでも遊びまわっている悪い子にはこの『モジュレーション。オーブ』で無理やり言う事を聞かせてやる」
久我は忌々し気に言い放つと腹部をつき出し、両手の拳を握りしめた。
「タイバツなんていらない!おしおきするのはあたしの方よ!」
キャンディは右に左に跳ねるような動きを見せると、どこからともなく巨大な絆創膏を取り出した。
「――機械なんか巻いてたらお腹が冷えて痛くなるんだから!」
キャンディは久我の正面に降り立つと、腹部のスピーカーを思わせる穴に絆創膏を張り付けた。
「ぐっ……やめろ、そこを塞がれたらオーブが逆流する……うっ……ぐあああっ!」
久我はのけぞって呻くと、その場で全身をびくびくと痙攣させた。
「頭が……はち切れそうだ……」
久我は黒目を上下に激しく動かすと、「ぐっ」と呻いて仰向けにひっくり返った。
「はいっ、おねむのおじさん、一丁上がりいっ!」
キャンディは片足で立ってくるんと一回転すると、私たちに向かって可愛らしくお辞儀をしてみせた。
「キャンディ、ありがとう。もう元に戻っていいわよ」
「えーっ、せっかく変身したのにまたおじさんになるなんて、やだなあ」
「わがまま言わないの。「石さん」なら能力の使いすぎはいけませんって言うわよ」
「……ちぇっ、わかりましたあ」
キャンディは再び花柄のステッキを取り出すと、その場でくるくる回りながら「ゴクラクゴクラク コレコレチミチミ……この辺で、ドロンしまあっす!」と叫んだ。
呪文を唱え終えたキャンディはみるみる元の中年男性に戻り、しばらくするとエプロンドレスを着た石亀だけがその場に残された。
「……ボス、急な出番で振り付けもいまいちでしたが、最低限の仕事はできました」
「……充分よ石さん。あとはなるべく人目につかないうちに、急いで帰りましょう」
私は薄い髪を張り付かせ荒い息をしている石亀にそっと語り掛けると、呆気にとられている面々に「行きましょう。何が何でもここから脱出するのよ」と檄を飛ばした。
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