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第四話 見えない愛人
「彼の名前は古品開。二十六歳の技術系社員です。知り合ったのは創業十周年パーティーの席で、映画と幻想文学が好きだということで趣味が合ったんです。それから映画や食事デートを重ねて一年後……今年の春に婚約しました」
「えっ、じゃあまだ婚約して三カ月ほどしか経っていないんですね?」
私が問いを挟むと沙都花は「はい……恥ずかしい話ですが」とうつむいた。私は内心、これは曲者だぞと身構えた。
「婚約前の、彼の評判は?」
「それが、良すぎるほどなんです。実際、私と接している時も誠実そのもので女性にはむしろ不器用な感じがありました。それなのに……」
「寝耳に水の話だったと?」
「はい。共通の知り合いから、彼を女の子のいるお店で見かけたとか、同世代の美人と歩いていたとか言う話を聞いて、それでいても立ってもいられなくなって……」
「直接、問い質したんですか?」
「いえ、あの、その勇気がなかったもので、後を尾行たんです」
「あとを尾行けた?」
私は思わず口をあんぐりとさせた。探偵社に依頼に来る前に、自分で尾行するというのはあまり聞いたことが無い。
「はい。そしたらいつも利用しているスーパーの駐車場に車が来て……」
「車って……お相手の女性の車?」
「たぶん。……夫がすんなりと乗り込んだので、私は慌ててタクシーを拾いました」
探偵顔負けの行動力だ、と私は舌を巻いた。
「危ないということはわかっていましたが、私は運転手さんに二人の乗った車の後をつけるよう、お願いしました。ばれたらばれたで仕方がないと」
「目的地はどこだったんです?」
おそらくホテルかどこかだろうな、と見当をつけながら私は尋ねた。数多いとは言えない浮気調査の経験では九割がた、その手の場所だったのだ。
「樺根ヶ丘にある、その……いわゆるラブホテルです」
やはり、と私は他人事ながら胸がむかつくのを覚えた。
「でも……おかしいんです」
「おかしい?」
沙都花の眉が顰められたのを見た私は、ここがポイントだなと直感した。
「ええ。そのホテルは……いわゆる廃墟だったんです」
「廃墟ですって?」
「はい。あとで調べてわかったんですが、何でも数年前に火災があって以来、持ち主が再建せずにそのまま放置したんだそうです」
「つまり、不法侵入?」
「たぶん……なんて悪趣味なんだろうとその時、吐き気がしたのを覚えています」
「その廃墟に、乗り込みはしなかったんですね?」
「さすがにそれは……運転手さんにお願いして二人が出てくるのを外で待ちました。気のせいかもしれませんが、同情の目を向けられているのが辛かったです」
沙都花はそこでいったん言葉を切ると、苦しそうに俯いた。思いだしているのだろう。
「出てきた後は、どうされたんですか」
「山道の方に入って行きました。運転手さんが気味悪がっていたのでうかがってみたところ、二人の車が向かった先にはいわゆる『心霊スポット』があるとのことでした」
「心霊スポット?」
「はい。私と最初に打ち解けたのも怪奇文学の話題でだったので、もしかしたらそういう話で意気投合したのかもしれません」
「なるほど、廃墟ホテルに心霊スポットですか。私にはわかりませんが、そう言うデートを好むカップルもいるでしょうね」
「私もそこまでは特に異常だとは思いませんでした。ですが、その後に起こった出来事がお相手に対する見方を一変させてしまったんです」
「……というと?」
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