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「あのヴァイオリンの音色は、この上なく美しかった」
心の声を誰かに吐露することもなく、カリストは無言で地下の小部屋に向かった。部屋の中からはドアを叩く音と、「開けて!」という女性の声がひっきりなしに聞こえる。声の主は間違いなくメリッサだ。
鍵のかかったドアの前で男が番をしている。カリストに気が付いた男は躊躇なく尋ねた。
「カリストじゃないか。どうした、こんなところで……」
カリストは咄嗟に答えた。
「お前と交代してやろうかと思って来た」
「交代?」
「ああ、そこに立って長いだろう?」
「言われてみればそうだな。んじゃ、ちょいと用を足してくる。その間代わってくれ」
「了解した」
男が離れたのを確認し、カリストは部屋の鍵を開けた。中に入ると、メリッサは怯えた様子で彼を見上げていた。
「あなたたち……こんなことをして……」
カリストはメリッサに拳銃を向けた。
「悪い……少しだけおとなしくしていてくれ」
カリストは車を走らせていた。後部座席に毛布でくるんだメリッサを乗せて……。
彼女は周りに気付かれぬよう、頭まですっぽり毛布をかぶっていた。
走ること約二十分。車は警察署の前で止まった。カリストはメリッサを連れ、署へと入る。
「諸事情あって、コイツを保護してやってほしいんだ」
入り口にいた警察官二人にメリッサの身柄を引き渡す。驚いた警察官はカリストに名を尋ねるが、彼は無言で車に乗り込んだ。海岸へ向け、車を走らせる。
「こんなことやって……タダで済むわけねーよな」
心の中で呟く彼の脳裏にロレンツォの拳銃がよぎる。同時に、メリッサのヴァイオリンの音色が流れてきた。
「もう一度……聞きたかったな」
そう漏らした直後、背後から銃声が響いた。
弾は運転席を貫通し、カリストの左胸に届いていた。
「ふっ……やっぱ、おいでなすった……か。けど……後悔は、ねぇよ」
カリストの目には、メリッサの残像だけが残っていた。
まもなく、彼の体はハンドルの上に倒れ込み、車は海へと静かにダイブした。
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