4人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
夜の八時を過ぎた。
「終わんねえ」パソコンを睨んでいた山藤がぼやいた。「おい、飯食いに行くぞ、牛丼」
根津が首を伸ばした。「俺、留守番してますから。持ち帰りで一個」
「私はもう帰るから、大丈夫」沢渡が手を振った。
署の外は、ぽつぽつと雨が降っていた。
「どこにする。吉野家か、松屋か、すき家か」
野田は首を傾げた。「おれ、どうしたらいいんですかね」
山藤は考え込むように薄っすら髭の伸びかけた顎をさすってから、静かに言った。
「世の中、コピーじゃねえくせに、コピーみたいな生き方してる奴は山ほどいる。お前は違うだろ。お前が決めるんだ」
野田は、マスクを外して雨の中に一歩踏み出した。
顔に雨粒が当たる。
雨粒が聞いた。
この雨粒を。
世界を感じているのは誰だ。
野田は答えた。
おれだ。
おれの皮膚だ。吾妻じゃない。
おれだ。野田彗太だ。
一日ぶりに、やっと野田は微笑んだ。「じゃあ、吉野家で」
「そうだ」山藤は小さく頷いた。「それでいい」
さらさらと月時雨が降る。
その中を、野田は彼らしく、清々とした足取りで歩き出した。
最初のコメントを投稿しよう!