ウロボロスの秘儀

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 夜の八時を過ぎた。 「終わんねえ」パソコンを睨んでいた山藤がぼやいた。「おい、飯食いに行くぞ、牛丼」  根津が首を伸ばした。「俺、留守番してますから。持ち帰りで一個」 「私はもう帰るから、大丈夫」沢渡が手を振った。  署の外は、ぽつぽつと雨が降っていた。 「どこにする。吉野家か、松屋か、すき家か」  野田は首を傾げた。「おれ、どうしたらいいんですかね」  山藤は考え込むように薄っすら髭の伸びかけた顎をさすってから、静かに言った。 「世の中、コピーじゃねえくせに、コピーみたいな生き方してる奴は山ほどいる。お前は違うだろ。お前が決めるんだ」  野田は、マスクを外して雨の中に一歩踏み出した。  顔に雨粒が当たる。  雨粒が聞いた。  この雨粒を。  世界を感じているのは誰だ。  野田は答えた。  おれだ。  おれの皮膚だ。吾妻じゃない。  おれだ。野田彗太だ。  一日ぶりに、やっと野田は微笑んだ。「じゃあ、吉野家で」 「そうだ」山藤は小さく頷いた。「それでいい」  さらさらと月時雨が降る。  その中を、野田は彼らしく、清々とした足取りで歩き出した。
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