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2030年11月。
昨夜、非番だった野田彗太のスマホが鳴り、向こうから取り乱した山藤伊吹の声が響いた。
捜査一係に来てから一年、取り乱した係長など見たことがなかったから、その声に野田も取り乱した。
「野田あああ……野田ああ、俺だ、山藤だああ」
「ななんですかあ」
「生きてたか……」
「なんですかあ」
「うう……」
「なん、ですか」
「……お前じゃなかったか」
「何、ですか」
すぐに平静さを取り戻した係長が言った。「……非番のところ悪い。すぐ現場へ来い」
事件そのものは、よくある飲んだ席での諍いだった。
面識のない二人は、カウンターの隣同士に座り、最初は機嫌よく飲んでいたが、何かがぷつんと切れて喧嘩になり、揉み合うように外に出て、慌てた店主が110番する頃には、片方は胸を刺されて息が絶え、片方は夜の街へ消えていた。
けれど、防犯カメラが20mごとに設置されている繁華街。
刺した中年男は、今朝には御用となった。「よくある」殺人事件だった。
たったひとつ。
殺された中村和成が、一係の野田彗太に瓜二つ、という点を除いては。
野田は、搬送先の病院の霊安室で中村に会った。
――おれが、死んだらこんな顔なんだ。
淡々とそう思った。
何が起きているか、まだ理解できていなかった。
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