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その車は、街からだいぶ離れ、所々に低い草が顔を出す荒地の端にたどり着くと、ひっそりとエンジンを止めた。
車から降り立った二人は、ドライブで疲れたからだをほぐすように、それぞれ腕を回したり、腰を伸ばしたりしながら、きりっと晴れた夜空に浮かぶ満月を見上げた。
その月光が、若く精悍な男の顔を暗闇に浮かび上がらせた。男は車のヘッドライトの脇に寄りかかり、隣で同じように車にからだを預けた女に聞いた。
「欠けてきた?」
「たぶん」
答えた若い女のウェーブがかかった黒い髪を、夜の荒地の彼方から渡ってきた、冷たく不吉な風が揺らした。女は、月と風を交互に見るように視線をゆっくり上下させたあと、一度身震いし、パーカーのジッパーを引き上げた。
「しかし、すごいよな。皆既月食が前もってわかるなんて」
満月の白い光に照らされ、透き通るような顔の女が微笑む。「ほんとね」
「皆既の時間は何分?」
「えーと」女がスマホを取り出した。「15分弱だって。短いわね」
男はその答えに、月を見上げるのを止め、思案気に目を伏せた。それから、女を抱き寄せて額に軽くキスをした。
宇宙に伸びる地球の影が、満月からじわじわと光を奪っていく。さっきまで荒地を照らしていた明るく凛とした光は次第に力を失い、辺りに闇が忍び寄る。
「そろそろ、全部欠けるな」
男の声に、三日月ほどにまでに小さくなった月を仰いでいた女が、小さく「あっ」と声を上げた。「トランクの中から、あれ、出してなかった」
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