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女は慌てたように車の後ろへ回ると、ごそごそとトランクを漁り始めた。
男はそれを気にかけるふうもなく、車の窓から手を差し込んで、ヘッドライトのスイッチを入れた。
闇に、サーチライトのような明かりが伸びる。
それから男はトレーナーやジーンズを脱ぎ、さっさと下着も脱ぎ、スニーカーも脱ぎ、今まで彼が寄りかかっていたボンネットへ無造作に置いた。
細く白い棘のようになった月から、遂にその光が消えた。
月はその色を、血のように、鈍い赤銅色に変えた。
それに呼応するように、男の姿が異様に変わり始める。
暗い灰色の毛がざわざわと、顔の皮膚から沸き上がるように伸び、からだ全体へと広がる。口はするすると耳まで裂け、長い犬歯がのぞく。
立っていられなくなり、どうと地面に手をついて四つん這いになる。その手足も灰色に覆われ、その先には太く尖った爪が、皮膚を突き破るようにぬっと頭を出した。
赤い月の下、現れた巨大な灰色の狼は、一声咆哮した。
その叫びを耳にした女が、車の後ろから足音を潜めるようにそろそろと、横に数歩からだをずらした。
その手には、磨き上げられた銀色の、細く、古い、けれど堅牢な一振りのクレイモア。
女は、ふっ、と呼吸を整えた。狼と間合いを取る。
ほとんど闇と化した荒野で、ヘッドライトに青く反射した狼の目が、女を捉えた。
狼は牙をむいて唸り声を上げると、一度体勢を低くし、次の瞬間、地を蹴り、女めがけて突進した。そして、彼の獲物に爪を立てるため、女に覆いかぶさるように高く跳んだ。
その大きな体の下を、女は地面をこするようにすり抜ける。さっと立ち上がり振り向いて、獲物を見失ってバランスを崩した狼の背に剣を突き立てる。ざっ、と引き抜く。
仄赤い月に、黒い血の飛沫が飛び散る。
女は5,6歩さっと後退り、ふたたび間合いを取る。
狼は低く唸り、諦めず身を翻し、女へ向かう。
女は、さっきよりも弱弱しく前足を上げた狼を難なくかわし、すれ違いざまに首を掻き切った。
女の後ろで、狼は数歩よろめいて、どさりと地面に倒れた。
横たわり、喉からごぼごぼと血を噴き出しながら苦しそうに息をする狼を、女は無言で見下ろした。
そして、まだ血の滴る剣を両手で握りしめ、ためらうことなく狼の心臓へ突き立てた。
今度は、ゆっくり剣を抜いた。
それを地面に放り投げるように置くと、光を失っていく青い目を見つめながら、血に濡れた灰色の毛を優しくさすった。
やがてその女の手が、薄く白い光を反射した。
皆既が終わった。
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