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月光を浴びた狼のからだから、荒野を吹く風に散るように灰色が消え去り、優し気な口元が戻る。
女が剣で切り裂き、貫いた傷は、萎むように塞がっていく。
すっかり元通りの姿になった男が、小さく呻いた。
女は安心したように、ふうと息を吐くと、ボンネットの上の服を取りに立ち上がった。
自分を正気に戻すように、首を大きく左右に振りながら、男はゆっくりとからだを起こした。服を手渡してくれた女を見上げて、今を噛みしめるように言った。「……ありがとう。今回も……君を傷つけずに……済んだんだね……」
明るくなり始めた月と同じように、女は微笑み、冗談めかして言った。「もう、動きがワンパターン過ぎ。何回やってると思ってるの? 楽勝よ」肩で息をひとつした。「……楽勝、よ」
服を着終わると、男は女のからだに両腕を回し、強く抱きしめた。「もし君を殺してしまったら、おれも死ぬ」
女が、またその話、と言うように軽く笑った。「駄目よ。自分で死んだら、もう私たち、向こうの世界で逢えないの」女はそう言いながら、男が自分を抱くのに身を任せた。
男が聞いた。「次はいつ?」
女は男に抱きしめられたまま、パーカーのポケットからスマホを取り出し、少し身をよじりながら男の肩越しにその画面をのぞいた。
「ああ、来年。結構すぐね。しかも来年は2回もある」
「うわあ、最悪」
「その分、早く終わるわ。あと10回くらい。もう少しよ」
「やっと終わりが見えてきた……あと10回……」
そう呟いた男から、低い嗚咽が漏れた。
次に男の口からこぼれる台詞を、女は先回りした。
「すまない、とか、おれのせい、とかは、もう飽きるほど聞いた。もう十分」
男の両腕にこめる力が、一層強くなった。
女は、スマホをポケットにねじ込んだ。それから、慰めるように男の頭をそっと抱き寄せ、耳元で古い言葉を囁いた。
「我の魂は永遠に汝と共に在り」
男は、女の……彼の妻の黒い髪を何度か梳くようにかき上げ、愛おしさと切なさに満ちた口づけをした。
月が半分ほどに大きくなるまで空を見上げた後、二人は車に乗り込んだ。
荒地とそこを去っていく車を、静謐な光を取り戻した月が、白く清らかに照らしていた。
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