暗やみのなかで浮かび上がったそれをおれは忘れない

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「これで扉の中央にはりつけてる漆喰を剥がせ」  ふいに、ガキの頃読んだ、封印を無理にこじ開けて祟られた話を思い出した。おれは思わず尻込みした。 「テオ、やってよ」 「いやだよ。ぼく、クリスチャンだもん」 「ぼくもな」  すかさずジョシュも返した。 「クリスチャンとかこの際関係ないだろ。なんだよおまえら」 「死者の眠りを妨げる行為はできないよ」 「なんで死者がいるってわかるんだよ」 「古代のお宝が眠っているといえば、墓に決まってるだろ」  テオは馬鹿にしたように鼻で笑った。 「最後の審判までの眠りを妨げるなんてこと、ぼくらにはできない」 「おっさん!」  おれは店主を振り返った。 「わしもできない。神の前で、墓を荒らしたことはあるかと訊かれたら困るからな」  頭にどっと血が廻った。  ジョシュはスマホのライトをあちこちに向けながら、口笛を吹いていた。頭の後ろで手を組み、テオもきょろきょろとあたりを見回していた。二人とも、ピクニックか何かにきたようだった。なんで店主はおれにばかりあれこれやらせるんだよ、と思ったとき、おれはあっと叫びそうになった。  こいつらは最初からおれがクリスチャンじゃないからという理由でここに連れてきたに違いない!  トラック野郎もテオの知り合いだった。その知り合いが勧めた店がこの店主だ。無銭飲食をとがめられたのは三人のうちおれだけだ。 「……帰る!」  おれはもと来た道を引き返し始めた。 「待て」  店主の声と、背後に鋭く硬いものがつきつけられた。  ぴたりと足をとめ、振り返る。 「今さらどこへ行こうというんだ? わしたちゃ共犯なんだよ」  底なしの沼のような目が、おれを睨んでいた。 「わしたちゃじぶんが食って生きるため、人殺しなんざ日常茶飯事なんだよ。さっさと仕事しろよ」  おれは両手を上げた。  ここは日本じゃない。こんなことが当たり前のように起こるのが世界にはあるのだということを、おれははじめて身をもって体験した瞬間だった。  渡されたナイフで、おれは「ごめんなさい」と小声で断った後、漆喰を削りにかかった。
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