スポットダークを抜け出して

2/9
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
。。。。  「(みなと)ってさ、ピアノ弾けるってマジ?」  夏希から、俺が声を初めてかけられたのは高二の四月だった。  人と話すのが得意ではないから一人でいることが多い、典型的な陰キャの俺が、学年一といっても過言ではない人気を誇る早瀬夏希に話しかけられている。俺の心の中より周囲の方がざわついている気がする。  「……少しなら弾けるけど」  「マジ!? ねぇ俺のバンドに入ってくれない!?」  夏希が人気なのは、運動神経抜群なのに運動部に入らず、軽音部でボーカルとギタリストをしているギャップもある。「キーボードやってくれる人探しててさ~湊が中学の時合唱コンの伴奏してたって聞いたから」でもお願いだから、こんなに人がいるところで注目されるようなことしないでほしかった。  それからしばらくの間渋っていたが、「一回! 一回でいいから!!」と言われ、そのしぶとさに根負けして、丸め込まれてしまった。  元々ギター、ベース、ドラムの三ピースバンドだった「君とラムネ。」に、キーボードの俺が加入して四ピースバンドになった。周りのバンドが最近覚えた英単語をバンド名に入れている中で、夏希が名付けた「君とラムネ。」は少し異質で浮いていた。そういえば名前の由来をちゃんと聞いたことがなかったけれど、「。」はビー玉だって夏希が笑いながら言っていたのを今思い出した。  高二が終わりに差しかかる三月の、まだ寒さが厳しかった日に、夏希が「オレ音大に行くことにするわ、東京の」と俺たちに告げた。  「高校卒業しても、『君とラムネ。』続けたい」  高校卒業後のことをこの時期に考えていない方がおかしかったのだけれど、夏希以外の三人は何も考えていなくて、呆然と顔を見合わせた。  「オレ、このバンドでデビューして、有名になって、もっと多くの人に聴いてほしい。みんな……どうかな?」  結果的に、ベースの拓海(たくみ)は夏希と同じ音大へ、ドラムの陽太(ようた)は大阪の大学に進学するということで「君とラムネ。」から離れることになった。  俺は迷った。おそらく偶然、一番最初にピアノが弾けるという情報を得たのが俺で、それで半ば強制的に加入させられたバンドを、この先続けることができるのか。実力的にも、熱意的にも。でもこれまで共にやってきた仲間の思いを無視していいのか。十七歳の俺にとって、大袈裟かもしれないけれど重い決断だった。  正直ピアノで食べていける程の実力も専門知識もなかった。だから音大は腰が引けてしまった。かと言って他にやりたいことも見つけられず、多少は夢とか職とか模索したけれど、虚無のまま時間だけが過ぎていった。  結局は東京にある普通の四年制大学の文学部に進学し、夏希たちとも距離が近かったため、そのまま「君とラムネ。」を続けることになった。最終的な決断は先延ばしにした。  新しいドラマーの航平(こうへい)は、夏希と拓海と同じ音大で、進学後すぐにメンバーになった。  その時から思っていた、同じ音大で俺より何倍も上手いピアニストたくさんいるのだから、俺じゃない人と組んだ方がいいんじゃないかと。こんな中途半端な気持ちの俺が、他の三人と目指している方向を直視できずにずっと目を逸らしてる俺が、メンバーとして肩を並べていいのだろうか。  半年前に投稿したMVの再生回数が伸びて、今二十万回再生を突破している。ミニアルバムとEPもそれぞれ一枚ずつ出した。サブスクでも、そこそこの回数聴かれている。色んなライブハウスで、他のバンドと合同でライブをたくさんした。お金はかかったけれど、とにかく出数を重ねた。  少しずつ有名になり始めた「君とラムネ。」が、次世代バンドとして時々名前を上げてもらえる機会も増えた大学四年の秋、俺は未だに自分の決断に腑に落ちずにいる。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!