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その後、二人の女性が帰ってきた。
「今、戻りました。」
すぐにサミュエル氏が、一同に紹介する。
「妻と、使用人のティテュバだ。しばらくの間、お互いよろしく頼むよ。」
一人は、サミュエル氏の妻。大人しい雰囲気の女性である。
もう一人は、この家の使用人ティテュバだった。
ティテュバ。58歳。
ティテュバは元々、南アメリカの先住民で、今はこの家の使用人として仕えている。色黒でギョロっとした目が印象的だ。頭には布ターバンを巻いていて、片手で買い物籠を抱えていたが、足が悪いのか右手には杖が持たれている。
その日の夜。
サミュエル氏の妻は、子供たちと一緒に眠っており、使用人のティテュバも与えられた一室で休んでいた。
まだリビングに残っている、星読み先生とメイド、そしてサミュエル氏が小声で話をしている。
「私は2年程前に、ボストンからこの村に移ってきて、牧師をやらせてもらっていますが。ボストンの方が良かったように思います。」
テーブルの上に置かれたランタンの灯りが、寂しげに三人の顔を照らしていた。
「ご存知のように、このセイラム村は、今あるセイラムタウンから独立して出来た村です。その後、村内で二つの派閥《はばつ》が出来ました。一つは、セイラムタウンから完全な独立を願う独立派グループ。もう一つは、セイラムタウンの衛生的な立場として満足する反独立派グループ。この2派が主導権を争いはじめたんです。」
星読み先生とメイドは、静かに聞いている。
「元々イギリスでの弾圧から逃げのびた清教徒が興した村ですから、生活は厳しく、まとめるのが難しい所はあります。その2派のうち、独立派の中心人物は、トマス・パットナムさんです。今でも、この村の地域有力者です。私は彼に推薦を受け、牧師後任として、この村に移ってきました。」
サミュエル氏は暗い表情のまま、話を続けた。
「反独立派の人たちは、村での礼拝を拒み、他の教会へ出席したりしました。地方税の支払いも拒否したりします。昨年10月の選挙では、我ら独立派の委員が5人も落選。代わって反独立派の新議員が誕生し、私の給与を差し押さえ、いずれ村からも追い出そうと画策している状況です。」
サミュエル氏の口からは、落胆の溜息が漏れる。
「そんな大変な状況の中、まさか自分の娘たちが、こんな奇妙な病気にかかってしまうなんて・・。娘のベティは、昔から気弱で怖がりな性格で・・。従姉のアビゲイルを本当の姉のように慕っています。」
そう話すサミュエル氏の顔は、月よりも蒼かった。
「・・まあ、それでも私は、子供たちがそのうち、元通り元気になると思っています。」
返す言葉に悩む星読み先生たちに、サミュエル氏は根拠のない自信を告げる。
それから約2週間程経ったが、二人の子供は普段会話は出来るものの、充分な日常生活は出来ず、時々痙攣のような発作を繰り返した。
これはサミュエル氏自身が、事の真相をそこまで重く捉えていなかった事と、この状況を村人たちに知られたくない、という考えが原因だった。
しかし日数が経過していく中で、一向に完治しない子供たちに、サミュエル氏は決定的手段を講じる。
2月。村の医師グリッグス氏が、子供たちの病状を診察に来た。
医師グリッグス。
彼はベティとアビゲイルを並べて、聴診器を当てたりしながら診察をはじめる。
その際に子供たち二人は、恍惚状態に陥って長い間宙を見つめていたり、落ち着きなく叫んで暴れたり、痙攣様の発作を呈していたのだ。
診察後、その病状の真相を探るべくサミュエル氏が、医師に尋ねる。
「先生! 子供の病気は何でしょうか?」
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