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黙ったまま、瞬きもせずに聞いている叶恵。
「俺が中学の時に見た、母さんの『前世』は、ヨーロッパの人で、エリーゼって名前だった、って伝えたと思うんだけど。」
「そうだよ。覚えてるよ〜! それで、このタコ焼き屋の名前を、“エリーゼ” にしたんだ。」
話を挟む叶恵に、貴志は続けていった。
「それは、その通りだったよ。・・ただね。」
「ただ何? 他に何かあるの?」
叶恵が、少し身を乗り出して尋ねる。
「ただ、その時の『前世』の母さんは、・・つまりエリーゼは、ヨーロッパには住んでるんだけど、その前は他から引っ越してきたみたいなんだよ。」
「引っ越してきた? どこから?」
叶恵が更に、食い入るように聞いた。
「アメリカだよ。アメリカのボストン。」
「アメリカ⁈ それって、随分遠い所からの引っ越しだね。アメリカからヨーロッパへ。海外だよ。」
叶恵は思わぬ内容に、首を傾げる。
「今から、母さんの『前世』を話していくよ。」
貴志は、先程見た『前世』の映像を頭の中に投影しながら、叶恵に伝えていった。
——————————。
時は、1692年の1月。
のどかな自然の風景が広がる、ボストンのある村。
この年は、例年にない程の大寒波が押し寄せ、山々や牧草農地など見える範囲の景色は全て、真っ白な銀世界に包まれていた。
湖は凍りつき、建物の軒下には氷柱が垂れ下がっている。
まだ昼下がりの時刻だというのに、ハッキリしない灰色の曇り空のお陰で、辺りに薄暗い影を落としていた。
村の所々には、それぞれの家が立ち並んでいたが、そのうちの一つ、白壁レンガに赤屋根の施された小さな建物が目に付く。
その家の中では、僅か10畳程のリビングがあって、壁側には石を積み上げて作った暖炉が煌々と炎を燃やし続けていた。
部屋の中央辺りには、4人掛けのテーブルと椅子があり、それぞれに大人2人、子供が1人座っているのが見える。
凍てつくような寒さの屋外に比べれば、家の中は幾らか暖をとる事ができたが、それでもこんな小さな空間ですら、充分な温暖を保つ事が出来ない程、寒波が上回っていたのだ。
テーブルの大人は対面で座っていたが、そのうちの一人は30歳代ぐらいの女性で、フード付きの茶色いローブを着込み、その上から更にポンチョ風のマントを掛けている。
肩に届かない長さのブラウンの髪で、肌は白く、その瞳は聡明で凛としたオーラが漂っていた。
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