ケース7️⃣ 前世追憶

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ここは、市民体育館の武道場。 建物自体、経年を感じさせる古い道場であったが、ここで多くの人々が武術や格闘技を学び、代々受け継がれてきた歴史が今も息衝《いきづ》いていた。 道場内には、汗の臭いが微かに染みついており、敷き詰められた木製の床は、長年のシミが所々浮かび上がっている。 ここで、道着を着た江戸川が、ニヤリと笑顔を見せて話しかけた。 「お前。よく来たな。」 その向かい側にいたのは、着慣れない道着姿の昌也が立っているのだった。 「逃げるわけにはいかないからな。この前の借りを返させてもらうよ。」 「お前、本当勢いだけある高校生だな。」 江戸川が、呆れた顔をして告げる。 その二人を割り込むようにして、声が聞こえた。 「いや、案外、この子はセンスがあるかもしれないぞ。」 端の方から、そう言ったのは、上半身裸の格好になった松田である。 下に黒いスパッツのようなスポーツパンツを履いている松田は、その長身の身体とともに、鋼のような引き締まった肉体を露《あらわ》にしていた。 そこへ江戸川が、問いかける。 「あのう、松田さんは、この坊やに逮捕術を教えてあげないんですか?」 それに対して松田は、眉をひそめて言い返した。 「何でだ。俺は必要ないだろ。お前が教えてやればイイ。」 「そんな・・。俺だけが教えるんですか。」 江戸川は、嫌な役を引き受けてしまった、と後悔する。 そして、身長175cm程の江戸川が、それを優《ゆう》に超える184cmの昌也を目の前に対峙するのだ。 あくまでも冷静な表情で、江戸川が見上げて言う。 「一般的な考え方では、体の大きい方が勝ると思われがちだが、逮捕術や柔術においては、それが全く関係ないという事を証明してやろう。」 道着姿も似合う昌也が、落ち着いた眼差しで見下ろした。 「じっとしてないで、どこからでも来いよ、坊や。それとも、怖くなったか?」 江戸川のその挑発的な言葉に、昌也が身構える。 端の位置から腕組みをして、二人を見守る松田。 躊躇なく強引に昌也が、江戸川の胸元を掴みにいった。 その手が掴む寸前のところで、江戸川が下からその腕を掴み返し、一瞬で昌也の体は前方の江戸川へと倒れ込んでいく。 江戸川の上へと乗り上げたのも束の間、昌也の両腕は掴まれたまま、次の瞬間には、江戸川が下から両足で昌也の上半身を挟み込んだ。 素早い動きに、昌也は何が起こっているのか分からない。 そして江戸川の両足に顔と首を締め付けられたまま、腕の方は捻じ曲げられていった。 「くっ!」 息苦しさと腕の痛みに、昌也の顔が歪む。 「そこまでだ!」 松田の一喝した声が聞こえて、やっと江戸川が絞め技を離した。 少し意識が遠のいていた昌也は、まだ起き上がれない。 「その気になれば、このまま気絶させる事も出来るんだ」 江戸川が、立ち上がりながら言った。 その時、バシッという音とともに、松田が江戸川の頭を叩く。 「バカヤロウ! 素人相手に、やりすぎだ!」 そこで、ようやく江戸川が、反省した顔をした。 「すいません。つい、熱くなってしまって・・。」 江戸川が手を差し伸べて、昌也を起こす。 「・・くっ、俺は大丈夫だよ。ちょっと油断しただけだ。」 「相変わらず、負けず嫌いなヤツだ。」 江戸川が、舌打ちして言い返した。 「江戸川のヤツが、いきなり、やりすぎやがって・・。少し、休憩しておけ。」 松田にそう言われて、昌也と江戸川は、一旦練習を中断する事にした。
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