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ここは、市民体育館の武道場。
建物自体、経年を感じさせる古い道場であったが、ここで多くの人々が武術や格闘技を学び、代々受け継がれてきた歴史が今も息衝《いきづ》いていた。
道場内には、汗の臭いが微かに染みついており、敷き詰められた木製の床は、長年のシミが所々浮かび上がっている。
ここで、道着を着た江戸川が、ニヤリと笑顔を見せて話しかけた。
「お前。よく来たな。」
その向かい側にいたのは、着慣れない道着姿の昌也が立っているのだった。
「逃げるわけにはいかないからな。この前の借りを返させてもらうよ。」
「お前、本当勢いだけある高校生だな。」
江戸川が、呆れた顔をして告げる。
その二人を割り込むようにして、声が聞こえた。
「いや、案外、この子はセンスがあるかもしれないぞ。」
端の方から、そう言ったのは、上半身裸の格好になった松田である。
下に黒いスパッツのようなスポーツパンツを履いている松田は、その長身の身体とともに、鋼のような引き締まった肉体を露《あらわ》にしていた。
そこへ江戸川が、問いかける。
「あのう、松田さんは、この坊やに逮捕術を教えてあげないんですか?」
それに対して松田は、眉をひそめて言い返した。
「何でだ。俺は必要ないだろ。お前が教えてやればイイ。」
「そんな・・。俺だけが教えるんですか。」
江戸川は、嫌な役を引き受けてしまった、と後悔する。
そして、身長175cm程の江戸川が、それを優《ゆう》に超える184cmの昌也を目の前に対峙するのだ。
あくまでも冷静な表情で、江戸川が見上げて言う。
「一般的な考え方では、体の大きい方が勝ると思われがちだが、逮捕術や柔術においては、それが全く関係ないという事を証明してやろう。」
道着姿も似合う昌也が、落ち着いた眼差しで見下ろした。
「じっとしてないで、どこからでも来いよ、坊や。それとも、怖くなったか?」
江戸川のその挑発的な言葉に、昌也が身構える。
端の位置から腕組みをして、二人を見守る松田。
躊躇なく強引に昌也が、江戸川の胸元を掴みにいった。
その手が掴む寸前のところで、江戸川が下からその腕を掴み返し、一瞬で昌也の体は前方の江戸川へと倒れ込んでいく。
江戸川の上へと乗り上げたのも束の間、昌也の両腕は掴まれたまま、次の瞬間には、江戸川が下から両足で昌也の上半身を挟み込んだ。
素早い動きに、昌也は何が起こっているのか分からない。
そして江戸川の両足に顔と首を締め付けられたまま、腕の方は捻じ曲げられていった。
「くっ!」
息苦しさと腕の痛みに、昌也の顔が歪む。
「そこまでだ!」
松田の一喝した声が聞こえて、やっと江戸川が絞め技を離した。
少し意識が遠のいていた昌也は、まだ起き上がれない。
「その気になれば、このまま気絶させる事も出来るんだ」
江戸川が、立ち上がりながら言った。
その時、バシッという音とともに、松田が江戸川の頭を叩く。
「バカヤロウ! 素人相手に、やりすぎだ!」
そこで、ようやく江戸川が、反省した顔をした。
「すいません。つい、熱くなってしまって・・。」
江戸川が手を差し伸べて、昌也を起こす。
「・・くっ、俺は大丈夫だよ。ちょっと油断しただけだ。」
「相変わらず、負けず嫌いなヤツだ。」
江戸川が、舌打ちして言い返した。
「江戸川のヤツが、いきなり、やりすぎやがって・・。少し、休憩しておけ。」
松田にそう言われて、昌也と江戸川は、一旦練習を中断する事にした。
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