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彼、仮に、A君としよう。
A君はクラスで雨男と呼ばれていた。
遠足に行くにも雨、運動会の日も雨。
大切な日に限って雨が降るので、この学校には雨男がいると噂されていた。
それがA君だ。
なんの根拠もなく、A君が雨男なのだと、この学校中に広まった。
私のクラスの連中がやったのだった。
勝手に雨男と決めつけたのは、A君が気弱な性格だったからかもしれない。
真面目で誠実なA君だったけれど、空気の読めないところもあった。
クラスの連中はA君のことが気に入らず、いじめたのだろう。
最近、気になったことがあった。
A君が学校に来なくなってしまったのだ。
それも、もう1週間は経っている。
A君が休んだ理由を私は知っている。
クラスの連中が嫌がらせをしたのだ。
1週間前のこと。
その日は土砂降りの雨が降っていた。
6時間目が終わって、帰りの会が終わると、私たちは下駄箱に下りていった。
A君はのろのろと靴に履き替えると、傘立ての方へ向かった。
A君は傘立てを見るなり、傘がないっ!と叫んだのだった。
その様子を見ていた私は、おそらくあいつらがやったのだろうと思った。
真面目なA君はこの出来事をまだ嫌がらせとして見ていないのだろう。
A君は
「折り畳み傘だったっけ?」
と、バッグを探り、とぼけるのだった。
私は悲しげにA君を見つめるばかりだった。
地面を打ちつける雨の音が強くなっていくのに気が付き、私は傘をさし、そそくさと校門から出て行った。
少し歩いて、学校の方に振り返った。
A君が手ぶらで校門から出て行くのが見えた。
一瞬だけ見えたA君の顔は暗かった。
あの日は、A君が初めて嫌がらせとして認めた日だったのだろう。
純粋であろうA君は、いじめなんて気にかけたことがなかったのだろう。
相当ショックだったはずだ。
だから休んでいるのだと私は確信した。
朝の会での出来事だった。
先生が真剣な表情で
「お前らに大切な話がある」
と言った。
A君がしばらく入院するとのことだった。
詳しくは教えてくれなかった。
私は窓を見つめるのだった。
あの日と同じように、土砂降りだった。
1か月が経った。
この1か月間、ずっと雨が降り続けていた。
嵐といってもいいくらい、威力が半端じゃなかった。
日本のあちこちで洪水警報が発令された。
私はもう晴れる日はこないのだろうかと、不安になっていた。
またしばらく経ち、私は先生の話に真剣に耳を傾けていた。
「大切な話がある」
とても険しい表情だったのだ。
「Aが今朝亡くなったそうだ」
先生はうつむいた。
私には、あまりにも衝撃的だった。
ぐっと感情を押さえ、窓を見つめた。
快晴だった。
A君がなぜ死んでしまったのかは分からない。
病んでいたのだろうか。
あの出来事によって、A君は出口のない暗闇の中をただたださまよっているのだろうか。
A君は私たちを恨んでいるのは確かだ。
1か月間、呪っていたのだろうか。
この世界が憎らしくて、たまらなかったのだろうか。
私は、たった小さなことでも、いずれ大きなことに繋がってしまうということを知った。
当たり前だが、人によって、思うことや感じ方は違うのだ。
私は大人になった今でも、A君を忘れることができない。
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