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坂の上の家
「この帽子、覚えてる?」
「風に飛ばされて失くしたと思っていた。
どこにあった?」
「ふふ、見つかって良かったわね」
まだ布団の中で寝そべったままの僕にどこから出して来たのか、はるかは子供用の野球帽を八つになったばかりの小次郎の頭に被せた。あれは確か子供の頃に持っていたはずの帽子で風に飛ばされて失くした様な気がしていたけれど、じいちゃんが見つけてくれていたのかと思いながら、まだぼんやりと眠いままの目を擦りながら起きた。
「似合うわ、小次郎」
「ありがとう母ちゃん。わーい!」
小次郎は嬉しそうに飛び跳ねると、縁側の傍に置かれていた黄色い自転車を引いた。先週、誕生日プレゼントに買ったばかりのピカピカの新車だ。
「行って来るな、母ちゃん」
小次郎は背中のリュックに水筒とお昼ごはんのおむすびを二つ、入れてもらい満足そうだ。
「気をつけていくのよ。赤信号は?」
「止まる!」
「いい子ね。いってらっしゃい」
僕も縁側に出てきて、伸びをしながらそれを眺めていた。はるかは目を細めて生垣越しに小次郎を見送っている。出逢った頃より少しだけ君の目尻に小さな皺が刻まれているのを見た時、青く澄みきった夏空から一陣の風が吹いた。
僕が君を見つめる時、いつも風が吹く。
その理由が何故かなんて
考えたこともなかったよ―――――
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