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「お隣からいただいた西瓜でも食べましょ」
はるかの言葉に古い一戸建ての小さな庭の縁側で耳かきをしながら読書をしていた僕は同意した。
日曜のゆったりとした朝が昼に向かって燦燦と眩しい陽を伸ばしていく。小次郎が早起きして近所の仲良しと磯遊びに行ってしまったこの家は静寂そのものだ。
この前、はるかと百均で買って来たと言う昆虫採集用のかごと四角く小さな魚掬いの網が昨夜見た時から自転車の前籠に入っていた。友達に自転車を自慢するんだ、と得意げに言っていたから路地を大通りへ出た所にある海へと下る風待坂でピカピカの自転車に跨がりながら向かい風を切り下ったのだろうな。
あの坂を下るのが自転車に乗れるようになった頃から好きだったなぁとぼんやり想いを馳せる。下る時に向かってくる海風に触れるとたまらなく気持ちが良い。坂を降りてはまた登って滑り台のようにして遊んでいたな。昔に想いを馳せていたら、はるかが四等分に切られた西瓜を持って来た。
「お待たせ」
「デカすぎないかそのサイズ」
「そう?」
「普通はもうちょっと切るよ」
「いいじゃない、これぐらいの方が食べ応えがあるわよ。いただきまーす」
そう言うなりかぷっと瑞々しい赤を食すはるかは、もぐもぐと口を動かし、やがてペッと黒い粒を庭先の方へ勢い良く吐き出した。
「飛んだ飛んだ」
「子供みたいだな」
「これずっとやってみたかったの。ほら小さい頃、貴方もここでよくやっていたでしょ」
「いつの話をしてるんだよ、小次郎と同じぐらいの時の事だ」
僕が小一の時、ここに一人で住んでいた父方のじいちゃんが亡くなった。永らく空き家だったここに家族で越して来た年の夏から毎年、ここで二つ上の兄貴と一緒に西瓜の種飛ばしをした。
その時、まだはるかとは出逢ってなかったはずなのに何で知っているんだ。不思議そうに妻を見ると、あなたもやるのよと西瓜を渡された。
「せーの、で飛ばすよ」
慌てて齧って、僕は種をプッっと家の周りの生垣近くに生える椿の木の根元まで飛ばす。
「僕の勝ちだね」
はるかの種は距離を稼げず直ぐ傍の石畳の上にぽたりと落ちた。妻は悔しがって、もう一回と人差し指を立てた。チャーミングなその仕草は年を経ても愛らしい。
僕ははるかにプロポーズをしてよかったと思った。
妻は十年前の大雨の日に、突然僕の家に来て雨宿りさせて欲しいと行って来た、通りすがりの人だった。
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