闇の裔(ちすじ)

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「次のニュースです。 最新の人口比率の調査では全体の0.2%と数としては小さいながらヴァンパイア族が着実に増えているという結果が出ています。 これは、『日本ヴァンパイア党』が結成され、日陰者扱いだったヴァンパイアがその勢力拡大を表だって行うようになったのが要因だと考えられています。 今日は、この点について、ヴァンパイア問題に詳しい『闇の裔(ちすじ)』研究家である伴教授にお話を伺います。……伴教授、よろしくお願いします」 「伴です。よろしく」 「早速ですが伴教授。このヴァンパイア族の急増について、原因はなんだと思われますか?」 「ええ。それはわりと簡単な理屈なのです」 「簡単な理屈。ですか?」 「そうなんです。ヴァンパイア族は私の推定で、少なくとも千年以上、細々とですが種族を長らえてきました。彼らは元々は忌み嫌われた闇の種族で、ことあるごとに人間から恐れられ目の敵にされてきました」 「それは、ヴァンパイアの性質上、当然ですね?」 「ええ。それはある面から見れば人間の敵と考えられますが、逆に見れば、彼らは人間から迫害を受けていたといえますね」 「迫害ですか?それは聞き捨てならないと思いますが」 「そうでしょうか?ヴァンパイア族は、それほど悪いことをしているでしょうか?」 「彼らは悪くないと?邪悪ではない?」 「人間が彼らを邪悪と見るのは、自分達にない能力を備えているから、といえます。そうではありませんか?あなたもヴァンパイアの持つ力について聞くと、『それは人間の業ではない』と反射的に拒絶してしまうのではありませんか?」 「確かに、そういう面はあるかもしれません」 「そうでしょう。それは、あなたを始め多くの人たちが幼少期から言い聞かせられ、受けてきた教育の結果なのです。古い考えによって邪悪だと信じ込まされてしまっているのです」 「教授。もう一度お聞きしますが、ヴァンパイアは邪悪ではないとおっしゃるんですね?」 「では私からも質問です。ヴァンパイアはどのような悪いことをしていますか?」 「人の生き血を吸うのでは?それは見過ごしにできることではないと思いますが?」 「確かに彼らは自らの命を長らえるために人間の生き血を必要としています。ですが、どうでしょう。血が絡むのがイヤだと思う人もいるでしょうが、ヴァンパイアに血を吸われた人間は、死にませんよね?」 「死んでいないと?」 「ええ。死んではいません。人間からヴァンパイアになるだけです。……人間の考えた『死』の定義に当てはめれば、彼らは死んでいると言うことになりますが。どうでしょう?彼らは、起きて歩き服を着て生活し、ことばを話します。人間と何ら変わりません。種族が変わっただけです」 「なるほど」 「むしろ人間は、人間どうしで互いに殺し合う戦争をやめません。紛争地帯でなくとも、殺人は日常的に起きています。それらの被害者は、それこそ本当に死んでしまい、もう話すことはできませんよ」 「ふむ……人間こそ邪悪だと」 「いや、邪悪だとは言いません。ヴァンパイアを比較すると、というだけです。その点でヴァンパイアになれば、大きな利益があるのです。世界ヴァンパイア党のドラキュラ党首は、この点を前面に押し出して人気を得ています。『ヴァンパイアは病気も寿命もない。永遠に生きられる』。これは長年に渡って人間を苦しめてきた問題をきれいに解決しています」 「ヴァンパイアはドラキュラ党首の言うように、永遠に生きられるのですか?」 「厳密には太陽の光や十字架といった弱点があり、場合によっては消滅してしまいますが、人間のように簡単に死んでしまうことはありませんね」 「それでも死亡率はかなり低いと言うことですね」 「そう、そのことに気づいた人たちが進んでヴァンパイアになりたいと希望しているのが、今のヴァンパイア躍進の原動力でしょう。病もケガも寿命からも解放される。……人間の夢でしょう?」 「確かにその面では、人間の夢を叶えていますね……あぁ、時間がきてしまいました。伴教授、お話ありがとうございました」 「フム、どうも」  伴教授はまだ話したり無かったようだが一応の満足を得て微笑んでテレビ画面から消えた。  一方、この伴教授のインタビューを見て同じように満足している者がいた。ドラキュラ氏だ。 「フフン。この男は我々の特性をよく分かっているし、何より頭ごなしに毛嫌いするような態度がない。学者として中立を守り公平な態度を維持しているのは敬意を表する。」 「伯爵のご意見が世界に浸透してきたようで。ようございますな」老執事が言った。 「世界は多様性の時代。ヴァンパイアが市民権を得る日も近い」 「喜ばしゅうございます」 「まあ、それでも、我々の弱点はなんとかして克服できればいいのだが。特に、太陽の光の中で動き回れないのはなんとかしたいのだ。言い付けて置いた例のモノはできたか?」 「はい。試作品が完成しております。明日にでもお試しになりますか?」 「おお!そうか。そうだな。明日試してみよう!……今日は景気づけに赤ワインを持て!」 「承知いたしました」  翌日、ドラキュラ氏は特注の防護服を着てみた。これを着れば太陽光を遮断し、昼間も外を歩き回れるはずなのだ。 「長年の夢よ。私の希望よ。さてどうかな?」  防護服は、人間が細菌などの危険物を扱うときなどに着る防護服に似ていた。 「色はフォーマルな黒にしたが形は野暮なモノだ。多少はしかたがないな」  ドラキュラ氏は特別あつらえの『ヴァンパイアでも映る姿見』の前で、さまざまポーズを取り満足げに言った。  ドラキュラ氏は防護服を着て館の扉の前に立った。扉を開ければ太陽の、光煌めく世界だ。 「では、行くぞ……」  ドラキュラ氏は多少の緊張を孕んだ声で扉に手をかけ、ぐっと押した。 ギギギぃ――  光が扉の隙間から細く差し込み、広がっていく。それを受けるドラキュラ氏。  扉は完全に開かれた。全身に光を受けるドラキュラ氏。  彼は一歩二歩と歩き外に出る。古城の光溢れる庭に咲き乱れる花が見えた。彼はそこまで一気に歩いた。 「ハッハッハー。これはどうだ?すごいぞ。何の問題もない!」 「大成功でございますな」執事も深い皺を寄せて微笑んだ。  だが、やがてドラキュラ氏は何か様子が変わった。首をかしげたり、考え込んでいるようだった。 「ううん。これは……」  しばらく考えたあと、ドラキュラ氏はおもむろに防護服の頭部のロックを外し両手でゆっくりと脱ぎ始めた。 「旦那様。何をなさいます。そんなことをしたら!」 「いや。見ていろ!」  ドラキュラ氏は、ついに頭部の防護服を脱ぎ去った。否応なしに顔面に太陽光が当たる。  どういうわけか、ドラキュラ氏にはなんの害も起きなかった。 「これはどうだ!素晴らしい!勝利への隠された道を発見したぞ!」 「ど、どういうことでございましょう?!旦那様」 「人間の世界はすでに『お先真っ暗』だということサ!」  ドラキュラ氏は、胸を張って高らかに笑った。
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